07_どろどろ様
平八郎さんはわたしたちに銃口を向け、そして、引き金を――。
――瞬間、目の前が、真っ白になった。
ああ……わたし、撃たれちゃったんだ。なんてあっけない人生だったんだろう。それに、死ぬ間際って、こんなに眩しく感じるものなんだね。
「ぐっ……! ぐうぅ……!」
遅れて痛みが、痛みが――。
「……あれ? 痛くない……?」
身体のあちこちを触ってみるが、どこも痛くない。血すら出ていない。
「……何をやっているの、トーノ?」
火車さんが呆れたように言った。どうやら火車さんも撃たれていないようだ。ふぅ……本当に良かった。
じゃあ、あの眩しさはいったい……?
平八郎さんは引き金を引かなかったようだ。それどころか、小銃を下ろし、信じられない顔で明後日の方向を見ている。
いったい何を見て――。
ぞくりと、背筋に寒気が走った。
『何か』が……居る! 言葉には出来ない、圧倒的な存在の『何か』が!
わたしは、存在を感じる方向に顔を向ける。平八郎さんも、村人たち全員も同じ方を向いていた。
それは、神棚と同じ高さに飾られた、真っ白な巻物だった。
まるで墨が注がれるように、文字が書かれていく。それは――。
「【守り事】……?」
いったいどういう意味なんだろう? 疑問が解消する前に、続けざまに文字が。
――『家出る時、柏手三回』
そう、ますます謎めいたメッセージが書かれていた。
「【祭】だ……! 【祭】が始まったぞ……!!」
玄関口に居る村人たちが、にわかに騒ぎ始める。
何かが起こっている。現実とは思えない、何かが。けれど、わたし程度の知識では何も分からない。
「火車さん、これっていったい何なんですか……? もしかしてこれが、妖怪の仕業ってヤツなんですか……?」
頼みの綱は、火車さんの豊富な妖怪知識だけだ。きっとわたしに、親切丁寧に教えてくれるに違いない。
そう思っていたのだけれど――。
「…………」
火車さんは険しい顔で巻物を見つめたまま、何も言ってくれなかった。
「ああ……! こんなにも早く【祭】が始まるとは! 楽しみじゃのう!」
「――いや、むしろ早すぎる。去年行われたばかりだというのに、今年もだとは……」
「確かに。例年通りであれば、10年に一度のペースだったハズだが……」
「だが、『分かる』だろう? これは、間違いなく【祭】だと」
村人たちの会話が耳に入ってくるが、頭には入ってこない。
平八郎さんは小銃を背中に戻し、呆然とした様子で言う。
「まさか……こんな娘っ子が【どろどろ様】に選ばれるとは……」
「ど、【どろどろ様】に選ばれたってどういうことですか!?」
わたしは、思わず声を荒らげてしまった。
【どろどろ様】。確か火車さんが言っていた妖怪の名前だ。それに選ばれたってどういうこと……?
「娘っ子……いや、トーノさんだったな。まあ、言葉の通りだ。今、この瞬間、トーノさんは【どろどろ様】の【祭】に招待されたんだよ」
【どろどろ様】の【祭】に招待された……? 聞けば聞くほど意味が分からない。
「か、火車さん! 教えて下さい! 【どろどろ様】って、どんな妖怪なんですか!? 【祭】って何なんですか!?」
わたしは半狂乱になりながら質問した。もう……頭の処理能力はとっくに限界だ。
「……知らないわ」
「え……?」
火車さんから、初めて知らないという言葉を聞いた。
「どんな本にも、どんな妖怪図鑑にも、【どろどろ様】という妖怪は載っていないの。多分、この村独自の呼び方でしょうね。この村の住人以外、誰も知らない妖怪……それが【どろどろ様】よ。分かっているのは、不老を与えてくれるということだけ。恐らくは――」
「そこまでだ、赤毛の娘っ子」
平八郎さんは乱暴に言葉を遮った。
「トーノさん、詳しい話は後でしてやる。だからまずは――」
平八郎さんにグイッと腕を引っ張られた。まるで、火車さんから引き離すように。
「そっちの赤毛の娘っ子を片付けさせてもらう」
再び小銃を取り出し、火車さんに銃口を向けた。
「……どうして私だけを? 私も【どろどろ様】の【祭】の招待客かも知れないのに」
「はっ、本当に大した娘っ子だ。しかし……残念だが、おりゃあたちには『分かる』んだよ。それに――」
平八郎さんは、文字が書かれた巻物を指差す。
「あそこになんて書いてあるか、読み上げてみな? そうしたら【祭】の招待客だと信じてやる」
え? そんなことで信じちゃうの? 別に難しいことなんて書いてないのに。
「…………」
けれども火車さんは、険しい顔で巻物を見つめるだけだった。
もしかして、火車さんには――。
「見えねぇんだろ? ……それが答えだ」
じゃあ……じゃあ本当に、火車さんは【祭】の招待客じゃないの? だったら、どうしてわたしだけが【どろどろ様】に選ばれたの……?
「……冥土の土産に教えてもらえないかしら? 【どろどろ様】とは、いったい何なの?」
「それを知ることが出来るのは、【祭】の成功者だけだ」
「そう……残念ね」
火車さんは、深い深いため息をはく。まるで、全てを諦めたかのように。
再び、ガチャリ、と重々しい音が響いた。
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