56_祭の後・妖怪の正体
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「ここで休憩しましょうか」
そう言って火車さんは、見晴らしの良い丘でバイクを停めた。
エンジンを切ると、世界は急に静寂を取り戻した。
聞こえるのは風が草を揺らす音と、遠くで鳴く鳥の声だけ。
東の空が白み始め、夜の帳がゆっくりと上がっていく。
冷たい朝の空気が、火照った頬に心地よかった。
「ふぅ……」
わたしは肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。
土の匂い。草の匂い。そして、微かなガソリンの匂い。
それは『生』の匂いだった。
あの地下に充満していた、狂気と醜悪さが入り混じった空気とは違う。
当たり前の世界の匂い。
生きてる。わたしは……生きて帰ってこれたんだ。
「トーノ、あれを見て」
火車さんが山を指差した。
そこには、忌まわしき一ニ三五村があった。――いや、もう村とは呼べないかもしれない。
そうか。この丘は、あの村への出発地点となった場所だ。
なんだかずいぶんと昔のように感じるかも……。
崩落によって地形は変わり、かつての面影はなくなってしまっていた。
村の中心部――集会所があった場所には大穴が空いており、そこから黒い煙が細く立ち上っている。
あんなに栄華を誇っていた一ニ三五村が、たった一夜にして瓦礫の山と化してしまった。
「まるでダイダラボッチが踏み荒らしていったみたいね」
火車さんがそう言った。
それが上手い例えなのかどうか、わたしには分からなかった。
あそこで暮らしていた村人たちは、これからどうするんだろう?
不老を夢見て、富と権力を積み上げてきた人たちの末路が、これなのだろうか?
大人しく実家に帰るんだろうか? 違う生き方を見つけるんだろうか? それとも――。
「トーノが気にすることないわ。『当たり前』に戻るだけなんだから。それに……あれだけ長生きできたのなら本望でしょう?」
火車さんは風に赤い髪をなびかせながら言った。
また心の中を言い当てられてしまった。やっぱり火車さんが一番妖怪っぽいな。
妖怪といえば――。
「わんにゃー」
どこからともなくスネコスリが現れた。
素知らぬ顔でサイドカーに乗り込み、丸くなってそのまま眠ってしまった。
全くもう……。わたしが大ピンチだったってのに、ズルいんだから。
「あの……火車さん」
わたしは、ずっと気になっていたことを口にした。
「火車さんには、【どろどろ様】の正体が分かったんですか……?」
あの地下空洞に幽閉されていた、白い肉塊。
自らの身を削り、人々に与えていた哀れな神様。
そして最後は、まるで何事もなかったかのようにどこかへと去っていってしまった。
ここに来る途中、今日あった出来事は全て火車さんに話してある。
それを聞いた火車さんは、納得したように頷いていた。
おそらく、『答え』が合っていたからだろう。
火車さんは手帳を――百鬼夜行が書いてあるおどろおどろしい手帳を開き、一枚の妖怪絵を取り出す。
「えっ!? それって……!?」
そこに書かれてあったのは、まさにわたしが地下で見た妖怪そのものだった。
「『ぬっぺっぽう』……それがこの妖怪の名前よ」
「ぬっぺっぽう?」
のっぺらぼうぐらいしか知らないわたしには、もちろん初めて知るの妖怪だった。
「そうね、のっぺらぼうに近い妖怪とも言えるわ」
またまた心の中を当てられてしまった。本当にどうして分かるんだろう?
「のっぺらぼうは、目も鼻も口も耳もない、人間の形をした妖怪よ。でも『ぬっぺっぽう』は、それに加えて身体の形すら無い――まるで白い肉塊のような妖怪とされているわ」
確かに、あれはまさに白い肉塊だった。でも――。
「でも、それだけじゃないですよね。一ニ三五村の人たちは、『ぬっぺっぽう』の肉を食べると不老になると言っていました」
思い出すだけで吐き気がする光景。
でも、火車さんは真面目な顔で頷いた。
「ええ、でも正確に言うと違うの。伝承によれば、『ぬっぺっぽう』を捕まえてその肉を食べれば、途方もない力を得られるらしいわ」
「途方もない力、ですか?」
不老じゃなくて、力が得られる?
なんというか、今ひとつピンと来なかった。
「言い換えるなら、自分が望む力を得られる。あるいは、望みが叶うほどの力を得られる、ということよ」
望みが叶う。
そのキーワードを聞いた時、わたしの身に起こったことが全て分かった気がした。
「そっか……そういうことだったんだ! わたしが『ぬっぺっぽう』の肉を食べさせられた時、わたしは確かに望んだ! この妖怪を逃がしてあげたいって! 解放してあげたいって……!」
あの地下で起こったことが、やっと理解できた。
あれは……『わたし自身』が起こしてしまったことだったんだ!
だからあんなにも疲れていたんだ……。
「じゃあわたしは今、スーパートーノになってるって事に……!?」
わたしは普通の人間じゃなくなったかも知れないけど、この路線で人間を止めるなら悪くないと思ってしまった。
「残念だけど、そうはならないわ。肉片一切れで得られる力は、そう多くないハズよ。おそらくは、一回限りの力ね」
「そ、そんなー……」
『新たな力』に目覚めなかった事に、わたしはガッカリした。
「……あれ? でもそうなると変ですよね? どうして一ニ三五村の人たちは、それに気づいていないんでしょうか? 不老を得られるとしか思ってないようですが……」
「それはね、彼らの願いが『不老だけ』、だからよ」
火車さんは、シニカルな笑みを浮かべて言った。
「トーノは、『これを食べれば寿命が伸びます』と言われたら、何を願ってそれを食べるかしら?」
「それはもちろん……あっ!」
そっか、そういうことか!
不老の肉だと言われたら、不老を願いながら食べるに決まってる!




