[完]57_祭の後・教授と助手
「そのことにもっと早く気がつけば、もっと早くに妖怪の正体に辿り着いたのだけれどね」
火車さんは口惜しそうに言った。
「それに……元来の『ぬっぺっぽう』は、捕まえれば力を得られるというルールだったのに、一ニ三五村のそれとはまるで違っていたのも苦戦した理由の一つよ。残念ながら、私にはその理由がまだ分かってないわ」
「あっ、それなら分かるかも知れません」
まさかの返答だったのだろう。火車さんは初めて目を丸くしていた。
やった、よく分からないけどわたしの勝ちだ。
「多分ですけど……『遊び方』を変えただけなんだと思います。鬼ごっこでも、ずっと同じルールだったら飽きてしまいますよね? それと同じように、気分のままにルールを変えていたんじゃないかなー……なんちゃって」
思わず最後は誤魔化してしまった。
だって、火車さんに対して妖怪を語るなんて、釈迦に説法どころの話じゃない。
「……日々変わる【守り事】……。そう、そういうことだったのね……」
だけど火車さんは、またしても納得したように深く頷いていた。
「そうそう、ちなみに『ぬっぺっぽう』は、かの徳川家康ですら捕まえられなかった妖怪でもあるわ」
火車さんは人差し指を立て、まるで教鞭を振るうように言った。
「えっ? あの有名な徳川家康が、ですか?」
「ええ。駿府城の庭に、奇妙な肉人が現れたという記録があるの。家康公はそれを捕まえようとしたけれど、臭いわ足が速いわで、諦めてしまったそうよ」
「あはは! 徳川家康でも無理だったんですね!」
わたしは思わず笑ってしまった。
天下人ですら逃した妖怪。
それを一ニ三五村のたちは捕まえていたのだから、執念というのは恐ろしい。
それでも――最後には逃げられた。
結局は、人間の手には負えない存在だったのだろう。
「……トーノ、一ニ三五村は妖怪を悪用していたと思う? これは現場に居たトーノに判断して欲しいの。トーノの目には、どう映ったかを知りたいの」
「わ、わたしにですか!? その、わ、わたしは……」
地下に行った時、あの光景を見た時、わたしは妖怪を悪用していると思った。
けれど――。
「わたしは……悪用していないと思います」
「あら、意外な答えね」
「言い方が難しいんですが、一ニ三五村の人たちは悪用している『つもり』だったんだと思います」
「なかなか面白い意見ね。続けて」
「【どろどろ様】がその気になれば、いつでも逃げられたようにしか思えないんです。だから、考え方を変えてみました。【どろどろ様】は、単に『遊び場』を見つけただけなんじゃないかって。遊べる相手が居たから、あの村に居続けた。ただ……それだけなんじゃないかって」
【どろどろ様】が去っていく時、バイバイと手を振っているように見えた。
なんていうか、友達と遊び終わった後のような、そんなさよならの仕方に思えた。
「一ニ三五村は【どろどろ様】を捕まえて居ましたが、結局【守り事】を――試練をクリアしないとお肉は得られない条件でした。つまり、元来の『ぬっぺっぽう』のルールとあまり変わってない……と、思います」
上手く言葉に出来ただろうか? 上手く火車さんに伝わっただろうか?
不安げに火車さんを見ると――。
「……私が見つけ出せなかった答えにまで至るなんてね……。さすが私の助手ね、トーノ」
火車さんは、誇らしげな笑みを浮かべてそう言ってくれた。
反則だ。そんなの反則だ。
そんな風に褒められたら、涙が出ないわけがないよ……!
今回のフィールドワークは、本当にキツかったし、本当に死んでしまうかと思った。
でも……それでも、火車さんの助手になれて良かったと心の底から思った。
突然、スネコスリが「わんにゃ!」と鳴いた。
まるで「早く帰ろうぜ」と急かしているようだ。
「そうね、帰りましょうか。……私たちの日常へ」
火車さんはバイクのエンジンを入れる。
「あっ、そうそう。レポート、たっぷりと書いてもらうから覚悟しなさいね」
「ええ!? こんな大変な目に遭ったのに!?」
「当たり前でしょ。私の助手であると同時に、学生でもあるんだから。多めに単位をあげるから、しっかりと書きなさい」
鬼だ。悪魔だ。――いや、妖怪マニアの火車教授だ。
でも、なんだかそれが嬉しかった。
いつもの火車さんだ。いつもの、わたしの先生だ。
わたしもヘルメットを被り、サイドカーに乗り込む。
「さあ……行きましょうか」
「はいっ!!」
赤いバイクが走り出す。
朝日の中へ。
崩壊した村を背に、わたしたちは日常へと帰っていく――。
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報告書番号:xxxx-xx-K001
宛先:民俗信仰保護団体
作成者:民俗学課 非常勤調査員 火車
同行者:佐藤 望乃
件名:特定指定区域「一ニ三五村」における怪異調査および当該村落の崩壊に関する報告
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1・事案の背景
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本調査は、2025年12月29日に渋谷区にて発生した身元不明老人の死亡事案(通称『桂太郎事件』)に端を発する。
当該人物が明治期の元内閣総理大臣・桂太郎本人であるとの風説および状況証拠から、不老不死に関わる特異点の存在が疑われた。
調査の結果、当該老人が長期間潜伏していた拠点が、山間部の限界集落『一ニ三五村』であることが判明した。
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2・調査対象地域の概要
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名称:一ニ三五村(通称:しなずむら)。
構成員:政財界の有力者、富裕層、元軍人(坪井平八郎)など、社会的地位の高い高齢者が多数居住。
実態:外部からの侵入を拒む閉鎖的なコミュニティであり、権力者たちが『不老』を得るための隠れ里として機能していた。村内には不釣り合いなほどのインフラ整備や高級食材の搬入が確認されている。
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3・特定された怪異と信仰体系
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村独自の信仰対象として『どろどろ様』と呼ばれる存在が確認された。
調査および現地での接触により、その正体は妖怪『ぬっぺっぽう』であると特定された。
妖怪の特性:目鼻や手足の判別がつかない白き肉塊の形状をしており、捕獲してその肉を食すことで『望む力』を得ることができるとされる。
封印状況:かつて安政の大地震で地下に沈んだ『白神寺』の廃寺跡に幽閉されていた 。
不老の機序:本来は多様な願望を叶えうる力を持つが、村人が『不老』のみを渇望して肉を摂取したため、結果として不老の効果のみが発現していたと推測される。
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4・儀式「三十日祭」の構造
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村では不老の恩恵に預かるための選別儀式として「三十日祭」が執り行われていた。
実施間隔:通常は十年に一度であるが、今回は例外的な開催であった。
守り事:期間中の三十日間、毎朝神棚に『守り事』と呼ばれる指令が出現する 。
内容は『歩行時のけんけんぱ』、『石を殿様として崇める』、『身体パーツの消失と再収集(福笑い)』など多岐にわたり、妖怪による一種の遊戯性が認められる。
罰則規定:『守り事』の不履行は祭りの失敗とみなされ、村の掟により指の切断(詰め指)が強要された。
報酬:三十日間完遂した『成功者』のみが地下祭壇へ赴き、当該妖怪の肉を食す権利を得る。
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5・事案の顛末
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本調査に同行した助手(佐藤望乃)が、祭りの成功者として妖怪への謁見および肉の摂食を行った。
その際、助手が『不老』ではなく『妖怪の解放』を強く願ったことにより、不老以外の力が発動した。
結果:妖怪『ぬっぺっぽう』は拘束を解かれ、地上へ脱出した後に消息を絶った。
被害状況:妖怪の脱出に伴う地殻変動により、地下施設および地上の集会所が崩落した。
人的被害については、不老の供給源を失ったことによる精神的恐慌が見られたものの、直接的な死者は確認されていない。(要経過報告)
村の存続:中核となっていた信仰対象と祭祀施設が消滅したため、特異点としての『一ニ三五村』は事実上崩壊した。
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6・総括
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一ニ三五村は、廃寺に妖怪を封じ込め、その能力を人為的に搾取・独占していた特異な事例である。
村を支配していたのは『死への恐怖』と『生への執着』であり、それが妖怪を利用した歪なシステムを長期にわたり維持させていた。
最終的に、当該システムは助手という予期せぬ要因によって破綻を迎えた。
本件に関する妖怪の悪用は阻止され、事態は収束したと判断する。
以上。
――【完】――




