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一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


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54_【本祭】・妖怪の怒り


 瞬間、辺りが真っ白になった。

 地下深くの洞窟に、太陽が生まれたかのような眩しさだった。


「こ、こりゃあいったい何事だ……!?」

 激しく動揺する平八郎さんの声が聞こえた。

 何かが起こっている。けれど、何も分からない。


 更に、突然大きな揺れが襲いかかってきた。

 地震だ。それもかなり大きい。


「なんだ!? 何が起こってる!?」「た、タタリだ……」「【どろどろ様】がお怒りになられたんだ!!」

 パニックになった成功者たちの声を聞いて、わたしは『ああそうか』と思った。


 これが……妖怪の怒り。日本を滅ぼしかねない力。

 火車さんの言ってた通りだ。

 天変地異の一つや二つ、簡単に起こしてしまうんだ。

 

「全員上へと昇れ! 早く!」

 平八郎さんの冷静な指示を飛ばした。

 成功者たちは我先にとハシゴへ殺到していく。


 わたしも逃げようとしたが、なぜか一歩も動けなかった。

 地震が激しいのもある。だけどそれ以上に、異常なまでに身体が重くて動かなかった。

 まるで全力疾走した後のようだ。


 パラパラと砂埃が落ちてくる。

 マズイ。天井が崩れかかっている。


 でも動けない。動くことが出来ない。

 このままじゃわたしは、生き埋めに……?


 イヤだ! だれか、だれか……!


「トーノさん! 今助けるからな!!」

 平八郎さんは130歳とは思えない腕力で、わたしを肩に担ぎ上げた。

 そして、そのままハシゴを昇っていく。


「た、助けてくれてありがとうございます、平八郎さん……!」

「まだ気が早ぇぞ! 礼を言うのは本当に助かってからだ!」


 揺れる度にハシゴがギシギシと嫌な音を立てた。

 剥き出しの壁が崩れ、わたしたちに降り注いでくる。

 砂煙がどんどん濃くなっていく。


 そしてついに――天井が完全に崩落した。


 ※--------------※



 村人たちは呆然とした様子で集会場を見つめていた。――いや、正確に言えば集会場があった場所を見つめていた。


 そこにはもう、何も無かった。

 地下が崩落したことで、今度は集会場が丸ごと地下に落ちてしまったのだった。


「ゴホッ、ゴホッ……! はぁー……。まさかこの歳になって、こんな危機一髪を体験するとはなぁ……」

 平八郎さんはゆっくりとわたしを降ろしてくれた。


「トーノさん、無事かい?」

「は、はは、はい……。な、な、なんとか……」

 恐怖のあまり、声が震えていた。

 心臓は痛いほどバクバクと動いていた。


 本当に……本当にギリギリのところで助かった。

 地下のハシゴを昇りきったところで、今度は集会場が崩落し始めたのだから。

 平八郎さんは130歳とは思えない健脚で走りきり、無事集会場を脱出し、今に至っている。


 平八郎さんが居なかったら、今頃……。

 想像するだけで身体が震えた。


 ふと空を見上げると、満月だった。

 何百年越しに開いた大穴に、一条の光が降り注ぐ。


 ふわり、ふわりと白い何かが浮かび上がってくる。

 あれは……【どろどろ様】だ。

 満月の夜空に、【どろどろ様】が浮いている。


「ああ……そんな!」「ウソ、でしょう……?」「どうか、どうかお待ち下さい、【どろどろ様】!」

 何かを感じ取った村人たちは、夜空に浮かぶ【どろどろ様】に向かって叫ぶ。


 【どろどろ様】はその場で、ぐにょり、ぐにょりと動いた。

 わたしにはそれが……バイバイをしているように見えた。


「行くな! 行かないでくれ!!」「私の不老が! 私の……命が……!!」「戻ってきてくれぇぇぇ!!」

 村人たちは地面に這いつくばり、空に向かって手を伸ばす。

 だが、二度と届くことはなかった――。



 ※-------------※



 しばらくの間、平八郎さんを除いた村人全員が、地面に伏したまますすり泣いていた。

 村人たちにとって唯一にして最大の希望が――不老になれる方法が消え去ってしまったのだ。

 こうなってしまうのも当然だ。


 ついに……【祭】は終わった。

 そして、一ニ三五村もまた終わってしまった。

 不老を求めた人たちは、元の場所に戻っていくことだろう。


 これで……わたしのフィールドワークは終わりだ。

 これで調査は全て――。


「なぜだ!? なぜこうなってしまった!?」

 村人の一人が、地面を叩きながら叫んだ。


「やはり【どろどろ様】が怒ってしまったのか? だが、なぜいきなり?」

 村人の一人が、問うように言った。


「そういえば……今年は例外が多かったな。十年に一度の【祭】が急遽始まったり、いきなり村の仲間が増えたり……」

 村人の一人が、あごを触りながら言った。


「ああ、確かにそうだ」「そうね、今年はいつもと違っていたわ」「やっぱりこれは……」

 村人たちの視線が、わたしに集まってくるのを感じた。


 なに? この空気は……?

 分からないけど、なんだかマズイ気がする……。


「トーノさんか……? いや、『お前』が何かしたのか……?」「そうだ……そうに違いない……」「お前が……お前が【どろどろ様】を怒らせたんだ!!」

 【祭】の最中は、危険をいっぱい感じた。

 でも今は――今が一番、命の危険を感じるなんて……!


「待って! わたしは何も――!」

「うるさい! 黙れ!!」

 村人に怒鳴られ、遮られてしまった。

 弁明するチャンスすら、もはや無かった。


「罰を……そうだ、罰を与えろ!!」「決まってるわ! 死刑よ、死刑!!」「ああ、もちろんだ! 殺してやる! 殺してやるぞ!!」

 村人全員の目が、殺意に満ちていた。


 【どろどろ様】に選ばれた時は、あんなに歓迎してくれたのに。

 【祭】の最中は、みんなで励まし合いながら頑張ったのに。

 一ニ三五村のことが、好きになっていたのに――。


 ああ……もう無理だ。

 ひどい裏切りを受け、わたしは……逃げる気力すら失っていた。

 どのみち、もうどこにも逃げ場なんて――。



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