53_【本祭】・不老の村の誕生
「うっ……!」
わたしは口元を押さえた。
吐き気が止まらない。
「……トーノさんは食べないのかい?」
「え……? わ、私は……その……」
異常な光景に圧倒されるばかりで、その場から動けないでいた。
それに、それに……『これ』を食べるなんて、わたしには……。
「……まあ、無理もねぇ。そりゃ最初は誰だって驚くわな。心の準備が出来たら食べればいいさ。それじゃあ、おりゃあがお先にいただくとするよ」
平八郎さんも真っ白なこんにゃくを拾い上げ、丁寧に土を払う。
そして、一礼してから口に入れた。
それは、初物や縁起物を食べているかのようだった。
わたしの吐き気は、少しだけ収まった。
「その……どうして【どろどろ様】はこんな所に……?」
これでは暗い洞窟に閉じ込めているも同然だ。
わたしは急に、火車さんの言葉を思い出した。
この村に来たのは、妖怪を悪用しているかどうかの調査だと。
一ニ三五村の人たちは、地下深くに【どろどろ様】を閉じ込め、その肉を削ぎ落として不老を得ている――。
この光景を見る限り、そう判断せざるを得なかった。
「……今から話すのは、ごく一部の者だけに口伝で伝わっている、一ニ三五村の成り立ちについてだ……」
平八郎さんは、ぽつりぽつりと語り始めた。
「元々この寺は、山の上にあったそうだ。この寺――白神寺には、世にも不可思議なモノが、満月の日にだけ現れたそうだ。それが――【どろどろ様】だった。この【どろどろ様】を捕まえて食べると、不老になれるという伝説があった。しかし、とてもすばしっこく、誰も捕まえる事は出来なかったらしい」
【どろどろ様】を捕まえて食べる……?
今は『捕まっている』のを食べているのに……?
「江戸時代末期、大きな地震があった。『安政の大地震』だ。多くの城が倒壊し、数え切れない程の家々が崩れ、中には村ごと埋まってしまった場所もあったらしい。この辺一帯の被害は少なかったが、大きな地盤沈下が起き、なんと白神寺が丸ごと地下深くにまで沈んでしまったそうだ」
お寺が丸ごと沈んだ……?
そっか、だから地上の風景をそのまま地下に封じ込めた感じがしたんだ。
「それからしばらく経ち、この上に村が――後に一ニ三五村の元となる集落が作られた。初めは本当にただの集落だったそうだ。数年経ち、村ぐらいの規模になった頃、そこに住まう人たちは不思議な声と奇っ怪な現象に遭遇することになる。後に【三十日祭】となる【祭】の始まりだった」
平八郎さんは遠い目で淡々と語る。
「成功した村人たちは、不思議な声が地下深くから聞こえることに気がついた。そして地面を掘っていくと、沈んだと思われた寺と墓が見つかったのだという」
淡々と語っていた平八郎さんは、急にわたしの方を見た。
昔から今に帰ってきたかのようだった。
「知ってるかい? この辺一帯には、寺が一つもねぇんだ。――いや、正確に言えば現存しているのはこの白神寺だけ。他は全て跡形もなく壊してしまったそうだ」
「寺を壊したの? いったいどうして……?」
「昔にも妖怪に詳しいヤツが居たらしくてな。そいつが言うには、【どろどろ様】は廃寺を好むそうだ。言い換えれば、廃寺にしか現れないらしい」
「廃寺にだけ?」
他の寺を全て壊して、廃寺の白神寺だけを残したの?
どうして? いったい何の意味があるの?
……ううん、待って。一つしかないってことは、つまり――。
「……もしかして、ここにだけ現れるようにしたの……?」
わたしの答えに、平八郎さんは深く頷いた。
「ああ、そうだ。他の寺を全て壊すことで、【どろどろ様】が現れる場所を――いや、都合の良い言葉を使うのは止めよう。要は、【どろどろ様】を……ここに閉じ込めたんだ」
平八郎さんは、カゴの中に閉じ込められた【どろどろ様】を指差した。
「あのカゴは祭壇だ。【どろどろ様】の肉を食べ、不老になった村人たちが感謝の意を込めて作ったらしい。そして、いつしかウワサがウワサを呼び、不老を求める権力者が集う村――一ニ三五村になったのだという」
不老の村。
その始まりは、偶然と欲望が生み出した歪な奇跡だった。
一心不乱に【どろどろ様】の肉を貪っていた成功者たちが、ギョロリとわたしの方を見た。
「トーノさん、なぜ食べないんだ?」「せっかくのお恵みなのに」「【どろどろ様】のご厚意を無駄にするつもりか?」
村人たちがジリジリと詰め寄ってくる。
口元には白い肉片が付いており、腹は餓鬼のように不自然に膨れ上がっていた。
「い、いいです……! わたしは、そんなの……!」
逃げようとしても、ここは地下深くだ。
あのカゴの中にいる【どろどろ様】と同じように、どこにも逃げ道はなかった。
「さあ、食え! それが成功者としての義務だ!」「食って不老になれ!」「本当の意味で、一ニ三五村の住人になるために!」
村人たちは白いこんにゃくを――【どろどろ様】の白い肉片を両手いっぱいに持ち、わたしの口に押し込んできた。
「むぐっ!? うっ、ううう……!!」
必死に抵抗するけど、相手は4人。
普通なわたしが敵うワケもなかった。
ずるりと、【どろどろ様】の肉片がわたしの胃の中に滑り込んでくる。
食感はつるつるしていて、何の臭みも何の味も感じない。
本当に、白いこんにゃくのようだった。
ああ……食べちゃった。
わたし……妖怪のお肉を食べちゃったんだ。
これからいったいどうなってしまうんだろう?
ただ不老になってしまっただけなのかな?
それとも……もう人間じゃないのかな?
もう二度と、一ニ三五村から離れることは出来ないのかな……?
わたしは、カゴの中の【どろどろ様】を見上げる。
ずっと……ずっとずっと、ここに閉じ込められていたんだよね……。
わたしを【祭】に招待したのは、今の自分を見せたかったから?
それとも……わたしと遊びたかったから?
それは、【守り事】を通してずっと感じていたことだった。
わたしにとっては辛い試練でも、【どろどろ様】にとっては面白おかしい遊びだったのだろう。
時折すぐ側に存在を感じたのは、単純に寂しかっただけなのかもしれない。
そう……そうだよね。寂しいよね。
こんな所に閉じ込められて、その上肉まで削ぎ落とされるなんて……。
神様のように崇められているけれど、実際はただの囚われの身。
不老を欲する人間たちの欲望を満たすためだけの、哀れな生贄。
わたしは、わたしは【どろどろ様】を……可哀想だと思った。
どうか、願わくば――。




