52_【本祭】・【どろどろ様】の褒美
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廊下に出ると、再び静寂が戻ってきた。
宴会会場は隣だというのに、何一つ音が聞こえてこない。
まるで、物音一つ立ててはいけないという決まりでもあるかのように。
先頭を行く平八郎さんは、無言のままどこかへ向かおうとしている。
わたしはついて行くしかなかった。
しばらく歩いていった先にあったのは――何の変哲もない、突き当りの廊下だった。
平八郎さんは懐から金槌を取り出し、そして――。
「ふん!!」
突然、壁を殴り破った。
だが、他の成功者たちは止めようともしない。
壁に空いた小さな穴から、ひんやりとした空気が漏れ出してくる。
瞬間、わたしは今までにない寒気を感じた。
『ナニカ』が……『ナニカ』がこの先に居る……!
恐ろしく、おぞましい、圧倒的な存在の『ナニカ』が……!
平八郎さんは何度も何度も壁を殴り、穴を大きくしていく。
穴が広がる度に、わたしの言い知れぬ恐怖は大きくなっていった。
そしてついに――人一人が通れるような大きさにまでなった。
平八郎さんがカンテラに火を灯すと、奥には小さな部屋程度の空洞があり、その中央には下に降りる為のハシゴが見えた。
「【どろどろ様】、此度の【三十日祭】の成功者たちが今、貴方の御前へと参ります」
平八郎さんが錆びたハシゴを掴み、粛々とハシゴを降りていく。
「どうかお恵みを」「我らにお慈悲を」「我らに御利益を」
少し間を置いて、一人、また一人と続いていく。
ここはきっと……『境目』だ。
わたしたちが住む現実世界と、人ならざる者たちが住むあの世への。
怖い。怖い。怖い。
イヤだ。イヤだ。イヤだ――。
それでもわたしは……ハシゴを掴んだ。
今でもわたしは、不老を得たいとは思っていない。
でも、【どろどろ様】には会わなければならないと思っている。
どうしてかは分からない。
でも、そうしたいという自分が居る。
わたしは覚悟を決めて進む。『境目』を超えて。
この先に待つのが、地獄だったとしても――。
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剥き出しの土壁を背に感じながら、ハシゴを降りていく。
カン、カン、カン……という音だけが鳴り響く。
掘削されたままの荒々しい岩肌が、カンテラの光に照らされて不気味な影を作っていた。
どれくらい降りただろうか。
時間にして三分も降りていないと思う。
けれど、どこまで続くか分からないという恐怖感からか、降り立った時にどっと疲れが押し寄せて地面に座ってしまった。
ゴツゴツとした感触が服越しに伝わってくる。
「かけまくも畏き【どろどろ様】の御前に、かしこみ、かしこみ申す。我ら、三十の【守り事】を、いささかも違ふ事ことなく、堅く守り通せし者共に御座れば、
かしこみ、かしこみ申す」
平八郎さんはランタンで周囲を照らしながら、祝詞のような言葉を唱える。
そこに浮かび上がったのは――古びた寺と墓だった。
こんな地下深くに、どうして寺と墓があるの……?
朽ち果てた山門。崩れかけた本堂。
そして、無数に立ち並ぶ苔むした墓石。
まるで地上の風景をそのまま地下に封じ込めたような、異様な光景だった。
「願わくば、【三十日祭】の恩恵を我らに垂れたまえ、恵みたまへと、かしこみ、かしこみ申す」
平八郎さんは――成功者の5人は、地面に正座し、そして深く、深く低頭する。
「かくして【どろどろ様】の尊き御姿を拝み奉り、かしこくも歓びの極みに存じ奉る」
そして平八郎さんは、天井付近を照らした。
そこにあったのは――いや、居たのは――。
「きゃあああぁぁぁ!?」
わたしは、叫ばずにはいられなかった。
だって、だってそこには……『真っ白な肉の塊』が浮いていたのだから。
「おお! 【どろどろ様】!!」「【どろどろ様】じゃ!!」「ああ、なんとお美しい姿か!!」
それは、神の降臨を目撃したような喜びようだった。
アレが……【どろどろ様】なの……?
あんなのが、この村の崇拝対象なの……?
浮いているように見えたけど、違っていた。
簡素なヤグラの天辺に、竹カゴのようなモノの中に入っている。
それは、運動会の玉入れを連想させた。
「――――――」
急に耳鳴りが聞こえ、わたしは思わず耳を塞いだ。今のは……?
「【どろどろ様】の声じゃ!」「【どろどろ様】! お恵みを!!」「我らにご褒美を!!」
成功者の5人は、救いを求めるように【どろどろ様】に向かって手を差し伸ばす。
天井から、音が聞こえてきた。
ぴちゃり、ぴちゃり。水が滴るような音が。
べちゃり、べちゃり。
濡れた何かがのたうつような音が。
ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ。
「ああ……!」
ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃり、べちゃり、ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ、ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ、ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ、ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ、ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ、ぴちゃぴちゃ、べちゃべちゃ、ぴちゃべちゃ、ぴちゃべちゃ、ぴちゃべちゃ、ぴちゃべちゃ、ぴちゃべちゃ、ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ――。
「ああ……あああぁぁぁ……!!」
なんなの……『これ』は?
わたしは今、いったい何を見ているの……!?
【どろどろ様】から、白い『何か』が垂れ落ちてくる。
それは真っ白な脂肪のようでもあり、真っ白なこんにゃくのようでもあった。
ぴちゃりぴちゃりと、まるで雨のように大量に降り注ぐ。
べちゃりべちゃりと、地面に落ちる度にぶるるんとそれは波打った。
「お恵みじゃ!!」「もう待ちきれぬ!!」「ひっはっは!!」
平八郎さん以外の人たちは、地面に這いつくばって『真っ白なこんにゃく』をガツガツと喰らい始めた。
「ああ、美味い、美味い!!」「これでまた寿命が延びるというもの!!」「有り難や! 有り難や!!」
名誉も権力も財産も、おおよそ全て持ち合わせている権力者たちが、まるで犬のように一心不乱に喰らっている。
目を剥き、ヨダレを垂らし、土まみれにも関わらず、人とは思えないような雄叫びをあげながら。
これまでの【守り事】で、異常な光景には慣れたつもりだった。
だけどこれは、他とはまるで違う。
人間としての尊厳を捨て、ただ『不老』に執着する餓鬼に成り下がった姿。
ただただ……醜悪だった。




