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一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


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50/57

50_【祭】本番

******************

【祭】最終日・深夜

******************



――三十日間にわたる【祭】が、ついに終わった。

 わたしは泥のような疲労感と共に布団に潜り込んだ。


 最後の【守り事】をやり遂げた達成感と、一ヶ月に及ぶ極限状態からの解放感。

 毎日毎日、訳の分からないルールに振り回され、失敗すれば指を詰められるという恐怖と隣り合わせだった日々。

 それが……やっと終わったのだ。


 朝が来れば、何かが変わるのだろうか。

 突然ファンファーレが鳴り響き、村中がお祝いムードになって、成功者たちは英雄として讃えられるのだろうか。

 それとも、いきなり目の前に【どろどろ様】が現れて、神々しい光と共に不老を与えてくれるのだろうか。


 そんな妄想を抱きながら、わたしは深い眠りの底へと落ちていった。


 夢は見なかった。

 ただひたすらに、暗くて温かい無の海を漂っていたような気がする……。



******************

【祭】

******************



――パッと、目が覚めた。


 目覚まし時計が鳴ったわけでも、誰かに揺り起こされたわけでもない。

 それなのに、意識は驚くほどクリアだった。

 まるで十時間以上たっぷりと寝た後のような、不思議な爽快感すらある。


「……ん……?」

 わたしは布団から上半身を起こし、枕元のスマホを探った。

 表示された時刻は、0時00分。

 ちょうど日をまたいだ瞬間に目覚めたようだ。

 偶然……なんだろうか?


――トントン、トントン。


 心臓がドクンと跳ねた。

 控えめだが、はっきりとしたノックの音が玄関から響いた。

 こんな時間に誰だろう……?


「……は、はーい……」

 恐る恐る返事をすると、外から低い声が返ってきた。


「トーノさん、起きてますかい?」

「平八郎さん? どうしたんですか、こんな時間に」

「夜分遅くにすいません。大事な用事がありまして」

 わたしはホッと胸を撫で下ろし、玄関の鍵を開ける。


 引き戸をガラリと開けると、そこにはカンテラを提げた平八郎さんが立っていた。

 いつもの茶色いツナギ姿だが、黒い軍帽のような帽子を被っている。

 そして背中には、相棒――三十年式歩兵銃を背負っていた。


 その姿はどこか厳粛で、儀式的な雰囲気を漂わせていた。

 カンテラの揺らめく炎が、平八郎さんの顔を照らし出し、眼光の鋭さを際立たせている。


「あの……何かあったんですか?」

「もちろん、お迎えに上がったんですよ」

「お迎え……?」

「ええ。まずはその前に……トーノさん、【祭】の成功、誠におめでとうございます」

 平八郎さんは姿勢を正し、深々と頭を下げた。

 兵隊さんらしい、無駄のない動きだった。


「あ、ありがとうございます……」

 わたしは戸惑いながらも頭を下げ返した。


 こ、これで成功なの……?

 拍子抜けするほどあっさりとした通告だった。

 もっとこう、卒業式みたいに大掛かりなものを想像していただけに、肩透かしを食らった気分だ。

 なんというか……成功したという実感すら湧いてこない。


「えっと……これで終わりなんですか?」

「まさか。むしろ、これからですよ」

 平八郎さんは顔を上げ、カンテラを高く掲げた。


「今から【祭】の本番が――『本祭(ほんさい)』が始まります。さあ、行きましょうか」

「本祭……?」

「ええ。これまでの三十日間は、いわば『前夜祭』のようなもの。これから行うのが、真の【祭】――【どろどろ様の三十日祭(みそかさい)】の本祭なのです」

 ゴクリ、とノドが鳴った。



 本祭。



 その言葉の響きに、背筋がゾクリとする。

 これまでの三十日間も十分に異常で、狂気じみていた。

 あれが前座だったというなら、本番はいったいどうなってしまうんだろう……?


「それじゃあトーノさん、おりゃあに付いてきてください」

「あの……どこへ行くんですか?」

「いつもみんなで飯を食っている、村の集会所ですよ」

「その……準備をする時間はありますか?」

「残念ながら」

「ほ、本当にちょっとだけでいいんで、待っててください!」


 なんとも言えない心細さを感じたわたしは、スネコスリを連れて行こうと思った。

 けれど、いつの間にか部屋から居なくなっていた。

 これは……あの時と同じだ。十四日目、【どろどろ様】を最も近くに感じたあの時と。


「トーノさん、急いでくだせぇ。みんなを待たせてますんで」

「わ、分かりました。今行きます」

 わたしは覚悟を決めて玄関を出る。


 外に出ると、冷えた空気が肌を刺した。

 春とはいえ、山間部の夜は身に染みる寒さだった。


 空を見上げると、満点の星空が広がっていた。

 都会では絶対に見られない、宝石箱をひっくり返したような星々。

 こんな時でなければ、すごく感動していただろう。


「トーノさん、こっちです」

 わたしは、平八郎さんの後について歩き出す。


 村の中は死んだように静まり返っていた。

 他の家の明かりは消え、虫の声すら聞こえない。

 聞こえるのは、わたしと平八郎さんの砂利を踏む音だけ。


「あの、平八郎さん」

 沈黙に耐えきれず、わたしは話しかけた。


「成功者って、結局何人残ったんですか?」

「おりゃあとトーノさんを合わせて6人です」

 平八郎さんは歩みを止めずに答えた。


「確か今回の参加者は52人だったんですよね。それが6人にまで減るなんて……」

「例年より少ないですが……毎回こんなもんですよ」

「選ばれた人間だけが【どろどろ様】に会える……。そういうことなんでしょうか?」

 わたしの言葉に、平八郎さんは首を横に振る。


「そりゃ違う。選ばれるのは運かもしれねぇが、ここまで来られたのは本人の実力だ。【守り事】――いや、試練に耐えたトーノさんなら『分かる』だろう?」

 平八郎さんの言う通りだ。

 さすがのわたしも、運だけで【祭】の成功者になったとは思わない。


「トーノさん……あんたは凄いよ。この若さで、しかも一発で成功するなんてな。おりゃあは、あんたのことを誇りに思うよ」

「あ、ありがとうございます!」


 平八郎さんに褒められて、わたしはとても嬉しかった。

 平八郎さんの声もどこか嬉しそうだ。

 初めて会ったあの日、小銃を突き付けられ、脅されたのがウソのようだ。



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