50_【祭】本番
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【祭】最終日・深夜
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――三十日間にわたる【祭】が、ついに終わった。
わたしは泥のような疲労感と共に布団に潜り込んだ。
最後の【守り事】をやり遂げた達成感と、一ヶ月に及ぶ極限状態からの解放感。
毎日毎日、訳の分からないルールに振り回され、失敗すれば指を詰められるという恐怖と隣り合わせだった日々。
それが……やっと終わったのだ。
朝が来れば、何かが変わるのだろうか。
突然ファンファーレが鳴り響き、村中がお祝いムードになって、成功者たちは英雄として讃えられるのだろうか。
それとも、いきなり目の前に【どろどろ様】が現れて、神々しい光と共に不老を与えてくれるのだろうか。
そんな妄想を抱きながら、わたしは深い眠りの底へと落ちていった。
夢は見なかった。
ただひたすらに、暗くて温かい無の海を漂っていたような気がする……。
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【祭】
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――パッと、目が覚めた。
目覚まし時計が鳴ったわけでも、誰かに揺り起こされたわけでもない。
それなのに、意識は驚くほどクリアだった。
まるで十時間以上たっぷりと寝た後のような、不思議な爽快感すらある。
「……ん……?」
わたしは布団から上半身を起こし、枕元のスマホを探った。
表示された時刻は、0時00分。
ちょうど日をまたいだ瞬間に目覚めたようだ。
偶然……なんだろうか?
――トントン、トントン。
心臓がドクンと跳ねた。
控えめだが、はっきりとしたノックの音が玄関から響いた。
こんな時間に誰だろう……?
「……は、はーい……」
恐る恐る返事をすると、外から低い声が返ってきた。
「トーノさん、起きてますかい?」
「平八郎さん? どうしたんですか、こんな時間に」
「夜分遅くにすいません。大事な用事がありまして」
わたしはホッと胸を撫で下ろし、玄関の鍵を開ける。
引き戸をガラリと開けると、そこにはカンテラを提げた平八郎さんが立っていた。
いつもの茶色いツナギ姿だが、黒い軍帽のような帽子を被っている。
そして背中には、相棒――三十年式歩兵銃を背負っていた。
その姿はどこか厳粛で、儀式的な雰囲気を漂わせていた。
カンテラの揺らめく炎が、平八郎さんの顔を照らし出し、眼光の鋭さを際立たせている。
「あの……何かあったんですか?」
「もちろん、お迎えに上がったんですよ」
「お迎え……?」
「ええ。まずはその前に……トーノさん、【祭】の成功、誠におめでとうございます」
平八郎さんは姿勢を正し、深々と頭を下げた。
兵隊さんらしい、無駄のない動きだった。
「あ、ありがとうございます……」
わたしは戸惑いながらも頭を下げ返した。
こ、これで成功なの……?
拍子抜けするほどあっさりとした通告だった。
もっとこう、卒業式みたいに大掛かりなものを想像していただけに、肩透かしを食らった気分だ。
なんというか……成功したという実感すら湧いてこない。
「えっと……これで終わりなんですか?」
「まさか。むしろ、これからですよ」
平八郎さんは顔を上げ、カンテラを高く掲げた。
「今から【祭】の本番が――『本祭』が始まります。さあ、行きましょうか」
「本祭……?」
「ええ。これまでの三十日間は、いわば『前夜祭』のようなもの。これから行うのが、真の【祭】――【どろどろ様の三十日祭】の本祭なのです」
ゴクリ、とノドが鳴った。
本祭。
その言葉の響きに、背筋がゾクリとする。
これまでの三十日間も十分に異常で、狂気じみていた。
あれが前座だったというなら、本番はいったいどうなってしまうんだろう……?
「それじゃあトーノさん、おりゃあに付いてきてください」
「あの……どこへ行くんですか?」
「いつもみんなで飯を食っている、村の集会所ですよ」
「その……準備をする時間はありますか?」
「残念ながら」
「ほ、本当にちょっとだけでいいんで、待っててください!」
なんとも言えない心細さを感じたわたしは、スネコスリを連れて行こうと思った。
けれど、いつの間にか部屋から居なくなっていた。
これは……あの時と同じだ。十四日目、【どろどろ様】を最も近くに感じたあの時と。
「トーノさん、急いでくだせぇ。みんなを待たせてますんで」
「わ、分かりました。今行きます」
わたしは覚悟を決めて玄関を出る。
外に出ると、冷えた空気が肌を刺した。
春とはいえ、山間部の夜は身に染みる寒さだった。
空を見上げると、満点の星空が広がっていた。
都会では絶対に見られない、宝石箱をひっくり返したような星々。
こんな時でなければ、すごく感動していただろう。
「トーノさん、こっちです」
わたしは、平八郎さんの後について歩き出す。
村の中は死んだように静まり返っていた。
他の家の明かりは消え、虫の声すら聞こえない。
聞こえるのは、わたしと平八郎さんの砂利を踏む音だけ。
「あの、平八郎さん」
沈黙に耐えきれず、わたしは話しかけた。
「成功者って、結局何人残ったんですか?」
「おりゃあとトーノさんを合わせて6人です」
平八郎さんは歩みを止めずに答えた。
「確か今回の参加者は52人だったんですよね。それが6人にまで減るなんて……」
「例年より少ないですが……毎回こんなもんですよ」
「選ばれた人間だけが【どろどろ様】に会える……。そういうことなんでしょうか?」
わたしの言葉に、平八郎さんは首を横に振る。
「そりゃ違う。選ばれるのは運かもしれねぇが、ここまで来られたのは本人の実力だ。【守り事】――いや、試練に耐えたトーノさんなら『分かる』だろう?」
平八郎さんの言う通りだ。
さすがのわたしも、運だけで【祭】の成功者になったとは思わない。
「トーノさん……あんたは凄いよ。この若さで、しかも一発で成功するなんてな。おりゃあは、あんたのことを誇りに思うよ」
「あ、ありがとうございます!」
平八郎さんに褒められて、わたしはとても嬉しかった。
平八郎さんの声もどこか嬉しそうだ。
初めて会ったあの日、小銃を突き付けられ、脅されたのがウソのようだ。




