05_不老の秘密を守る村
村の入口に立つわたし達を見て、村人と思わしき人――60歳ぐらいのおじいさんが、はてと首を傾げる。
ニコニコと笑みを浮かべながら近づいてきて、
「お仕事お疲れさん。だけど、搬入口はそっちじゃないんだ。ここから入れるのは村民だけでね。来た道を戻って、大通りから入ってくれないかい?」
そう、やんわりと注意してくれた。どうやら業者と勘違いしているようだ。
「問題ないわ。私たちはこの村を調査しに来たのだから」
「調査、だと……?」
好々爺だった顔が、悪鬼のような怒り顔に変わっていく。
「おい!!!」
突然の怒鳴り声に、わたしは身をすくませた。
まるでそれが合図だったかのように、家々の扉が乱暴に開けられ、村人たちがぞろぞろと集まってくる。――全員レザーの手袋をつけ、鎌や包丁を持って。
「ちょ、ちょっと待ってください! ご、ごご、誤解です!!」
わたしは震える声で必死に説得する。だけど――。
「誤解の意味を分かってんのか? なんでこの村を調査しに来た!? なぁ、おい!!」
ギラギラと光るナタをチラつかせながら、おじいさんは怒鳴り散らす。
「か、かか、火車さん!? きょ、許可は!? 『この村を調査します』って事前に許可は取ってなかったんですか!?」
「取ってないわ」
「えええぇぇぇーーー!?」
隠し事をしてる村だってのに、不審な調査員が無断で来たらそりゃこうなるよ!
村人たちの殺気はどんどん高まっていくし、もうどうしたらいいのーーー!?
「安心しなさい、トーノ。この村じゃなくて、もっと上の方の許可は取れているから」
へ? もっと上の方……?
「私たちは【民俗信仰保護団体】の調査員よ。もう一度言うわ。この村を調査しに来たの。村の滞在許可を願えないかしら?」
火車さんは臆することなくそう言った。
その名前を聞いた途端、村人たちは大きく動揺する。
「むっ……確かに話は来てたらしいが……。まさか本当に調査員をよこすとはな……」
悪鬼の如く怒っていたおじいさんも、今はたじたじだ。
わたしは聞いたことないけど、そんなに凄い団体なのかな……?
「わ、ワシ程度には判断できんことだ。他の者を呼んでくるから、少し待っていろ」
そう言って、おじいさんは村の奥に消えていった。他の村人たちは、距離を保ったままこちらをチラチラと見ている。
間一髪で助かった、ってことなのかな……?
「か、かか、火車さん!? これはいったいどういうことなんですか!? し、死ぬかと思いましたよ!!」
まだ声が震えているし、心臓もバクバクいってる。こんな危機的状況、生まれて初めてだよ……。
「そんなに怒らないで、トーノ。黙っていたことは謝るから」
「……一応聞きますけど、あと何個ぐらい黙っていることがあるんですか……?」
火車さんは空を見上げ、指を折って数え始める。
「……五個ぐらい?」
「そ、そんなにあるんですか……」
なんだかクラクラしてきた。わたし、無事に家に帰れるのかな……?
「とりあえず、その……民俗なんちゃら、って何なんですか? 調査員って言ってましたけど、火車さんって民俗学の教授じゃなかったんですか?」
「【民俗信仰保護団体】。その地方独自の信仰や文化をまとめる、一種の文化保護団体よ。……表向きには、ね」
表向き。つまりは裏があるってことね。
「私はその中の【民俗学課】にスカウトされ、非常勤として在籍しているわ。そうね、簡単に言うなら――『政府直属の妖怪調査員』、って所ね」
政府直属!? しかも妖怪調査員!? なんだかワクワクするワードがいっぱいなんだけど……! 裏稼業っていうと、もしかして――!
「……期待しているところ悪いけど、私に超能力なんかないし、陰陽師や妖怪ハンターとかが居るわけじゃないわよ」
「そ、そうなんですか……」
火車さんならあり得るかなーって思っただけに、なんだか残念……。
「設立者である元文部科学大臣は言ったわ。
『妖怪に化かされているのか、妖怪を悪用しているのか、見極める必要がある。
前者ならば、ただの怪談話で済むだろう。だがもし後者ならば、即時対応しなければならない。
妖怪たちが怒る前に。日本が滅ぶ前に』――と」
「妖怪たちが怒ると……日本が滅ぶ?」
「ものの例えよ。――とはいえ、よくある妖怪話のように、天変地異の一つや二つ起こっても不思議ではないけど」
そんなに天変地異が起こっても困るんだけど……。
「ともあれ、これは政府直々の依頼ってことよ。どんな閉鎖的な村だろうと、隠し事がある村だろうと、断ることは出来ないわ」
だから村人たちはあんなに動揺してるんだ……。
「……あれ? じゃあこれって、授業の一環じゃなくて、お仕事としてのフィールドワークなんですか?」
「そういうことよ、トーノ助手」
助手。そう言われてわたしは――思わずニヤけ、助手になった時の事を思い出していた。
□■□■□■
火車さんは、その筋――妖怪学では有名人だ。だから、授業を受けるために入学した生徒も、助手になりたい人も山ほど居た。
実のところ、わたしは……そもそも妖怪に興味がない。むしろ、キライだ。というか、怖いもの全般が苦手だ。
それなのに民俗学を専攻したのは、火車さんに一目惚れしてしまったからだ。――ああ、いやいや! 性的な意味じゃないよ! こうなりたいっていう理想像が、まさに火車さんそのものだったの!
もちろん、スタイルもそう。もちろん、頭の良さもそう。でも一番は、何者にも、どんな逆境にも負けないっていう芯の強さを感じたから。
だから、火車さんが助手を募集しているって聞いた時は、一番に手をあげたの。でも、当然というか……ライバルは強豪だらけだった。
歩く妖怪辞典と呼ばれるほど、妖怪に詳しい人。
独自の妖怪理論を持っていて、既に論文すら発表している人。
霊感体質で、もう何十回も妖怪に会ったことがある人……。
地方へフィールドワークに行く度に、力の差を思い知ったっけ。
わたしはと言えば、妖怪が出そうなところで死ぬほど怖がったり、池から飛び出してきたカエルに気絶したり、妖怪の伝承話を聞かされた時に悲しさで大泣きしたりとか、それはそれはもう思い出すだけで赤面ものの失敗ばかりだった。
でも……火車さんはそんなわたしを助手に選んでくれた。
わたしは当然のように訪ねた。「どうして役に立たなそうなわたしを選んでくれたんですか?」って。
火車さんは遠くを仰ぎ見るように、「私が持っていないモノを、貴方が持っているからよ」って答えてくれたんだ。
ポンコツなわたしが持っていて、完璧な火車さんが持っていないモノ。
それっていったい何なんだろう? 今回のお仕事で分かるのかな……?
次回更新は来週の金曜日、19時10分を予定しています!
どうかお楽しみに!




