↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/57

47_火車の調査録・7


 『妖怪・足長おじさん』は夜な夜な格子越しに現れては、彼女の様子を見に来てくれた。

 時には食料やお菓子の差し入れも。

 病気をした時には薬も持ってきてくれた。


 そして、たくさんの話をしてくれた。

 外の世界のこと。

 遠い国のことを。


 『妖怪・足長おじさん』が現れてから、彼女は妖怪の本を読むようになった。

 恐ろしくて、強くて、面白くて、おかしな存在たちが居ることを知った。

 そして、決して空想の存在ではないことを、彼女は『妖怪・足長おじさん』を通じて知った。


「ねえ、あなたの本当の名前を教えて」

 彼女はそう問うた。少しでも『妖怪・足長おじさん』のことを知りたかったから。


「すまない。それだけは出来ないんだ。他のことならどんなことでもしてあげるから、な?」

 そう言って『妖怪・足長おじさん』は、自分の名前を教えてくれなかった。


「君の名前は?」

 『妖怪・足長おじさん』は、逆にそう尋ねてきた。


 彼女は……答えられなかった。

 自分の名前がなんだったのか、もう忘れてしまっていた。

 だが、違う名前で呼ばれていたことをふと思い出した。

 彼女は妖怪の本を取り出し、そのページを見せた。


「火車、か……」

 『妖怪・足長おじさん』は、苦笑いを――顔は見えないけど、なんとなくそう思った――浮かべながら言った。


 彼女は思わず身構えた。

 また罵倒されるのではないか。

 また凶兆の証だと指をさされるのではないか。

 だけど『妖怪・足長おじさん』は――。


「そうか。なら、今日から君は火車と名乗るんだ。強くて、誰もが恐れる立派な名前なのだから」

 忌み嫌われていたその名を、肯定してくれた。

 初めて自分の存在を許された気がした。

 その日、彼女は――初めて泣いた。



 そして、人生で一番楽しかった日々は……唐突に終わりを告げた。



 8歳になったある日、図書館の扉が乱暴に開け放たれた。

 入ってきたのは村人ではなく、スーツを着た見知らぬ大人たちだった。

 それは、児童相談所の職員と警察だった。


 後になって、『妖怪・足長おじさん』は行政に通報し続けていたことを知った。

 出会った当初から、二年間も根気強く。


 村の権力者が隠蔽していたため、ずいぶんと時間がかかったが、粘り強く証拠写真や手紙を送り続けたことで、ついに強制介入が行われたのだった。


 保護されたその夜、保護シェルターに『妖怪・足長おじさん』は現れてくれた。

 彼女もなんとなく分かっていた。きっとこれが最後の会話になるだろうと。


「キミは人間だ。そして、私は妖怪だ。だから……このまま一緒には暮らせない」

「どうして? 人間と妖怪は相容れないの?」


「違う。妖怪は、必ず人間の近くに居る。だけど、人間から恐れられなければならない存在なんだ。君はもう……妖怪のことが好きになっているだろう?」

「ううん、違うよ。好きじゃない」


「そうなのかい? てっきり私は――」

「好きじゃなくて、愛してるの」


「おっと、これは予想外な答えだったな……」

「ダメなの?」


「ダメじゃない。私も嬉しいよ。だけど……だからこそ、一緒に暮らせないんだ」

「どうしてなの?」


「これは、『そういうもの』なんだ。きっと、君の前に妖怪が現れることはないだろう。君が妖怪を愛している限り、もう……私が君の前に現れる事は出来ないだろう」

「分からない、私にはどういう意味なのか分からないよ」


「すまない。本当にすまないと思っている。だけど、どうか分かって欲しい。このままでは不幸になると」

「私は……私はずっと不幸だったよ。でも、あなたが来てから幸せになったんだよ」


「そう言ってくれて、本当に嬉しいよ。でもこれは、君のためなんだ。君には人間社会で幸せを掴んで欲しいんだ」

「イヤ! そんなのイヤ! お願い、行かないで……!」


 それ以来、『妖怪・足長おじさん』は彼女の前に現れることはなかった。



 それから彼女は、孤児院に入れられた。

 彼女には元々の名前があったが、新しい名前を名乗ることを頑として譲らなかった。


 『私の名前は火車だ』、と。

 それは初めて愛をくれた、『妖怪・足長おじさん』がくれた名前だから――。


 その後、彼女はフリースクールで大人顔負けの知能を発揮し、飛び級を重ねた。

 皮肉にも、図書館に閉じ込められた日々が役に立った。


 そして、14歳で大学に入学した。

 専攻はもちろん、民俗学だった。


 全ては、妖怪を知るために。

 そしていつか、『妖怪・足長おじさん』にもう一度会うために。


 『もう二度と会えない』と言った運命を、知識と論理で覆すために――。



 ※---------------※



 過去の記憶を振り払い、火車は大きく息を吐いた。

 あの一ニ三五村の話を聞いた時、そしてトーノが『選ばれた』と知った時、大きく期待していた自分がいた。


 やっと『本物の妖怪』に会えると。

 そして、『妖怪・足長おじさん』に繋がる何かがあるかもしれないと。


 だが『現実』は、妖怪にも会えず、正体も分からず、情報を求めてあてもなくさまよっているだけだ。

 『妖怪・足長おじさん』が言ったように、自分が妖怪を追い求めるほど遠ざかっていく気がした。

 それでも、それでも火車は――諦める気なんてさらさら無い。


「……トーノには悪いけど、本物の妖怪に会えるなんて羨ましい限りね……」

 恐らくトーノは、このまま【祭】を成功させるだろう。

 そして、本物の妖怪――【どろどろ様】と会うだろう。

 自分と代わってほしいぐらいだ、と火車は強く思った。


 だが問題は、その先だ。

 【どろどろ様】は、何らかの方法でトーノに不老を与えるだろう。

 もしトーノがそれを拒否したら?

 もし口にも出せないような、おぞましい方法――人間性を捨てるようなものだとしたら?


 果たしてトーノは、こちらに戻ってきてくれるだろうか?

 もう二度と、元の関係には戻れないかもしれない。

 愛しき者が、火車の前から去っていってしまったように……。


 あるいは一ニ三五村に取り込まれ、あちら側の住人になってしまうのではないだろうか?

 不老のためならばなんでもする、生に固執したおぞましき人間に……。


 問題はまだある。

 そもそも火車が一ニ三五村を訪れた目的は、本当に妖怪が居るかどうかの確認と、妖怪を悪用しているかどうかの確認だ。


 もし村ぐるみで悪用しているのだとしたら、火車は村ごと全力で叩き潰す覚悟があった。

 火車は妖怪を愛している。故に、悪用する者は全員敵だ。

 例えそれが、一ニ三五村に取り込まれてしまったトーノであったとしても――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。