↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/57

46_火車の調査録・6


 ※---------------※



――24年前。これは、火車が生まれた頃の話――


 かつて、火車には別の名前があったはずだった。

 だが、今の彼女はそれを覚えていないし、思い出そうとも思わない。

 彼女の記憶は、薄暗い部屋と、本の匂いから始まっている。



 彼女の生まれは、ここよりもっと山奥の、土着神信仰が色濃く残る田舎だった。

 そこで彼女は、前髪の一部が赤い状態で生まれた。


 ただの色素異常か、あるいは隔世遺伝か。

 現代医学なら何らかの説明がついたかもしれない。

 だが、その村では違った。


「燃えるような赤髪……まるで『火車』のようだ」

 誰かがそう言った。


 『火車』。罪人の死体を奪って地獄へ運ぶという、恐ろしい妖怪。

 その忌み名は瞬く間に村中に広がり、彼女は凶兆の象徴とされた。


 両親さえも彼女を恐れたのか、あるいは村の圧力に屈したのか。

 彼女は村外れにある古びた集会所に隔離された。


 窓には鉄格子が嵌められ、扉には外から鍵がかけられた。

 座敷牢に改造されたその場所が、幼い彼女の『全て』だった。


 唯一幸いだったのは、そこが図書館だったことだ。

 友達はいなかったが、本が話し相手だった。

 両親の愛は知らなかったが、物語の中の愛は知っていた。

 彼らの物語を読む時だけ、彼女は孤独を忘れることができた。


 それは6歳になる頃だった。

 全身が突然、火傷したように赤くなったのだった。


 病気に詳しい者であれば、医者でなくともただの『はしか』だとすぐに分かっただろう。

 だが、村人たちは狂乱した。


「赤髪の子供に、赤いアザが出た!」「やはり祟りだ!」「火車の呪いだ!!」

 医者を呼ぶどころか、彼らは図書館の扉を更に厳重に封鎖し、彼女を見殺しにしようとした。


 高熱にうなされ、意識が遠のいていく中で彼女は思った。

 ああ……私はこのまま死ぬんだ。

 物語のように劇的な悲劇でもなく、滑稽で面白おかしい喜劇でもなく――。

 誰にも見られることなく、誰にも知られることなく、このまま死んでいくんだ。


 誰か……助けて。彼女は、声なき声で助けを求め、手を伸ばした。

 一冊の本が、彼女の手に触れた。

 それは、彼女が一番好きだった絵本――『足長おじさん』だった。


 その時だった。鉄格子の向こうに、影が立ったのは。

「ああ……なんて酷いことを。これが人間のすることなのか。この村の人間たちは、犬畜生にも劣るではないか」

 嘆くような、怒るような、そんな声だった。


「……おね、がい……。……たす、けて……」

 声を振り絞って助けを求めると、影は優しく答えてくれた。


「安心してくれ。今、私が助けてあげるよ」

 ひんやりとした手が、彼女の頭に乗せられた。

 影は、いつの間にか中に入ってきていた。


 ここには厳重に鍵がかかっているにも関わらず。

 まるで、壁を通り抜けてきたかのように。


 甘い水が、彼女の口にゆっくりと注がれた。

 ノドが、身体が、心が潤っていくのを感じた。


「……あなたは、だれ……?」

 彼女は、影に向かって問うた。


「誰? ……ああ、そうか。こういう時は名乗らなくちゃいけないのか。しまったな……」

 影は、なぜか困っているようだった。


 彼女は、頭に思いついた名前をそのまま口にした。

「もしかしてあなたは……わたしの『足長おじさん』なの……?」


「足長? ……もしかして私の正体が『妖怪』だと分かるのかい?」

 影は、大層驚いた様子で言った。


 その時はまだ、妖怪の中に『足長』というのが居るのを知らなかった。

 けれどはからずも、彼女は影が『妖怪』であることを言い当ててしまったのだった。


 それから影は――いや、『妖怪・足長おじさん』は懸命に彼女を看病した。

 その甲斐あって、彼女は心身ともに回復したのだった。


「どうして助けてくれたの?」

 彼女は純粋な目で問うた。


「本当は……関わっちゃいけなかったんだ。それは、私の役目じゃないから。だけど……見捨てるわけにはいかなかった」

 『妖怪・足長おじさん』は、真摯にそう答えてくれた。


 そこから、彼女と『妖怪・足長おじさん』の奇妙な生活が始まったのだった――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。