45_火車の調査録・5
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火車の調査録・【祭】最終日の朝
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――窓の外を、鉛色の雲が重く垂れ込めていた。
これから起こることを暗示しているのか。
それとも火車の頭の中が反映されているのか。
火車は民宿の狭い一室で、散らばった大量の資料を見下ろしていた。
「……これほど情報が集まらないなんて、生まれて初めてね……」
思わず漏れた声は、自分でも驚くほど乾いていた。
トーノが【どろどろ様】に招待され、あの一ニ三五村に囚われ、【祭】と呼ばれる儀式に参加させられてから、今日でちょうど三十日目。
つまり――今日が最終日だ。
それなのに手元にあるのは、断片的な情報と、確証のない推測だけ。
机の上には、近隣の図書館でコピーした古地図、郷土史のコピー、民俗学の論文、そしてトーノとの通話メモが散乱している。
だがどれを組み合わせても『答え』には――それどころか片鱗にすら辿り着けないでいた。
「はぁ……自分が情けないわ」
若くして民俗学の教授となり、学会では『妖怪学の若き天才』などともてはやされている。
だがその実態は、たった一人の助手さえ守れず、敵地の周りをうろうろと嗅ぎ回るだけの無力な傍観者に過ぎない。
原因は分かっている。圧倒的に情報が足りないのだ。
最初のうちは村に出入りする業者や、近隣の畑仕事をする老人たちから、それとなく話を聞くことができた。
「あの村は金持ちばかりだ」「名だたる権力者が揃っているらしい」「政府のお偉いさんもお忍びで来るそうだ」
そんな噂話程度ならいくらでも聞くことが出来た。
だが、【祭】が後半に――具体的には十五日目を過ぎた辺りから――状況は一変した。
まるで箝口令でも敷かれたかのように、全員が口を閉ざしてしまったのだ。
村の誰かの差し金なのか。
もしくは火車が村に害をなす存在だと認識されてしまったからなのか。
本という本は既に情報操作済み。
噂話ですらも聞くことが出来ない。
まさに八方塞がりだった。
唯一の情報源は、トーノからの電話だけ。
だがそれも、トーノが良くない方向に向かっている『お知らせ』になりつつあった。
ここ二週間ぐらいだろうか。
公衆電話からかかってくるトーノの声は、妙に明るくなっていた。
それが余計に火車の不安を煽る。
人間というのは極限状態に置かれると、防衛本能として『適応』してしまうことがある。
異常な状況を正常だと思い込むことで、精神の崩壊を防ごうとするのだ。
トーノのあの明るさは、その予兆ではないのか。
あるいは既に、一ニ三五村にある『何か』に取り込まれてしまっているのではないか――。
そんな不安が何度も過ぎる。
「……悪いことばかり考えてしまうわね……」
火車は頭を振って悪い想像を追い払った。
今は事実だけを見つめるべきだ。
トーノを助け出すためには、感情論ではなく、論理と知識が必要なのだから。
ほんの欠片でも構わない。
火車は情報を得るために外へと出た。
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火車はバイクには乗らず、徒歩で村を――ここは西山村というらしい――捜索していた。
こうした方が考えがまとまるし、まだ口を開いてくれる村人を見つけられるかもしれないからだ。
民俗学で大事なのは、口伝。本にもならないような言葉の端切れ――小さなピースを集め、やっと一枚の絵が完成する。
だが今、火車に向けられているのは不信感と警戒心。
この辺りの集落全体が、一ニ三五村という『異物』を守るための結界になっているかのようだ。
自然は好きだ。たくさんの妖怪を生み出してくれたから。
田舎も好きだ。マイナーな妖怪をたくさん知ることが出来るから。
でも、閉塞感に満ちたこの空気だけは嫌いだった。
昔を、思い出してしまうから。
火車は無意識のうちに、自分の前髪――燃えるような赤色に染まった部分に触れていた。
それは、彼女が『火車』と呼ばれる所以であり、彼女の人生を決定づけた呪いだった――。




