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一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


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42/57

42_【祭】十五日目・『骨休み、身体休み』1

******************

【祭】十五日目

******************


 昨日はわたしの人生において最も長く、そして最も恐ろしい一日だった。

 恐怖と混乱、そして自分を取り戻すための必死の奔走。


 顔を失うという喪失感。

 自我が崩壊しかけるという恐怖。

 そして、夕闇の中で自分のパーツを見つけた時の、あの震えるような達成感。

 これからどんな幸せな人生を歩んだとしても、絶対に忘れることは出来ないだろう――。



 ※-----------※



 泥のように眠り、そして迎えた朝。

 カーテンの隙間から、柔らかい朝日が差し込んでいる。


 わたしは布団の中で、恐る恐る目を開けた。

 見える。天井がちゃんと見える。

 自分の手を見る。ちゃんと五本の指がある。

 顔を触る。目がある。鼻がある。口がある。耳がある。


「……はぁ、よかった……」

 昨日のことが悪い夢だったんじゃないかと思えるほど、今のわたしは『普通』だった。


 昨日の疲労感は、未だに鉛のように身体に残っている。

 正直、今日は何もしたくない。一歩も外に出たくない。

 またあんな恐ろしい【守り事】が待っているとしたら……。


「でも……ちゃんと確認しないとね……」

 わたしは軋む身体を無理やり起こし、神棚を見上げた。


 新しい【守り事】が浮かび上がってくると、心臓の音が速くなったのを感じた。

 次はなんだろう?

 手が無くなる? 足が無くなる? あるいはその全部?

 最悪の想像をしながら、わたしはその文字を読んだ。



――『骨休み、身体休み』



「……え?」

 思わず思考が停止した。

 骨休み? 身体休み? 文字通りに受け取るなら……休めってこと?


「も、もしかして今日は……何もしなくていいってこと……?」

 じわじわと、歓喜が湧き上がってくる。


「やっ……やったあああぁぁぁ!!」

 わたしは心の底から歓喜の雄叫びを上げた。

 布団の上で飛び跳ね、スネコスリを抱きしめてゴロゴロと転がり回る。

 スネコスリが目を丸くしているけど、そんなのお構いなしだ。


 今までのどんなお休みよりも嬉しかった。

 だって、命の危険がないんだよ?

 身体の一部を失う恐怖がないんだよ?


 ただゆっくりと休んでいればいい。

 それだけでいいなんて、まるで夢みたいだ!


 わたしはスキップするような勢いで玄関を出た。

 外の空気は今までで一番美味しく感じられた。

 空は青く、風は心地よい。

 世界が輝いて見えるとは、まさにこのことだ。



 ※------------※



 昨日の【守り事】のあと、村は二極化していた。


「まさか休みとは、【どろどろ様】も粋な計らいをしてくれるもんだ!」「よし、ゴルフでも打ちっ放すとするか!」「あら、じゃあ私はお茶会でも開こうかしら」

 今日が休みだと知って、今までにないぐらい楽しそうな村人たち。

 彼らは生き残った『成功者』たちだ。

 顔色も良く、心なしか若返っているようにさえ見える。


 その一方で――。


「うう……ちくしょう……ちくしょう……」「マズイ……もう後がねぇ……」「すまねぇ……すまねぇ【どろどろ様】……」

 【祭】に失敗した村人たちは、さめざめと泣いているか、朝からやけ酒をしているかだった。

 中には包帯を巻いた手を見つめ、虚ろな目で空を仰いでいる人もいる。


 もし昨日、煙を上げる方法が思いつかなかったら、わたしもあっち側に――。

 わたしは、慌てて頭を振りかぶってその考えを捨てた。



 ※------------※



「さて、今日はなにしようかな?」

 なんというか、ウキウキが止まらなかった。


 『けんけんぱ』しながら歩かなくてもいいし、変な言葉を使わなくてもいい。

 今のわたしは、まさに自由だ。今日ほど自由の有り難みを知った日はない。


 何もしなくていいという贅沢を噛み締めながら、ぶらぶらと散歩していると、遠くに茶色のツナギと黒い帽子が目に入った。

 誰かはすぐに分かった。平八郎さんだ。


 背中には古びた三十年式歩兵銃。小高い丘にある椅子に座り、ぼんやりと遠くの山々を眺めているようだ。

 いつもなら鋭い眼光で周囲を警戒しているのに、今日はずいぶんと気が抜けているように見える。


「平八郎さん! こんにちは!」

 わたしが声をかけると、平八郎さんはビクリと肩を震わせ、慌てて振り返った。


「お、おお、トーノさんか。……びっくりさせんでくだせぇ」

「ふふ、ごめんなさい。平八郎さんも『骨休み』ですか?」

「まあ……そんなところでさぁ」

 平八郎さんは帽子を深くかぶり直し、ふぅとため息をついた。


「今日が休みだっちゅうのに、どうも落ち着かなくてねぇ……」

 平八郎さんは手持ち無沙汰そうに、小銃の銃床を撫でている。


「もしかして……【守り事】がなくて困ってるんですか?」

 あんな無茶振りを喜んで受ける人が居る事に、わたしは衝撃を受けた。


「……性分なんでしょうな。何もしなくていいと言われると、自分が役立たずになったような気がしてならねぇんですよ」

 命令があれば地獄にでも行くだろうけど、自由を与えられると途端に不器用になってしまうようだ。

 根っからの兵隊さんなんだなぁ、とわたしは思った。


「じゃあ……わたしの話し相手になってくれませんか?」

「話し相手、ですかい?」

「はい。わたしも何をしたらいいのか困っていたので」

 わたしの言葉は、半分ウソで、半分本当だ。


 わたしは、平八郎さんに聞きたいことがあった。

 話の続き――【祭】六日目に聞いた、戦争の話の続きだ。


 あの日、平八郎さんは相棒の小銃――『三十』になりきって語っていた。

 ジャングルの中で、何かを撃った話を。

 途中で誤魔化されてしまったけれど、その時の平八郎さんは過去の亡霊を見ているようだった。


「戦時中、平八郎さんは南の島に向かったと言っていました。そして、ジャングルを進んでいった先で……何を撃ってしまったんですか?」

 わたしは単刀直入に聞いた。


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