42_【祭】十五日目・『骨休み、身体休み』1
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【祭】十五日目
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昨日はわたしの人生において最も長く、そして最も恐ろしい一日だった。
恐怖と混乱、そして自分を取り戻すための必死の奔走。
顔を失うという喪失感。
自我が崩壊しかけるという恐怖。
そして、夕闇の中で自分のパーツを見つけた時の、あの震えるような達成感。
これからどんな幸せな人生を歩んだとしても、絶対に忘れることは出来ないだろう――。
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泥のように眠り、そして迎えた朝。
カーテンの隙間から、柔らかい朝日が差し込んでいる。
わたしは布団の中で、恐る恐る目を開けた。
見える。天井がちゃんと見える。
自分の手を見る。ちゃんと五本の指がある。
顔を触る。目がある。鼻がある。口がある。耳がある。
「……はぁ、よかった……」
昨日のことが悪い夢だったんじゃないかと思えるほど、今のわたしは『普通』だった。
昨日の疲労感は、未だに鉛のように身体に残っている。
正直、今日は何もしたくない。一歩も外に出たくない。
またあんな恐ろしい【守り事】が待っているとしたら……。
「でも……ちゃんと確認しないとね……」
わたしは軋む身体を無理やり起こし、神棚を見上げた。
新しい【守り事】が浮かび上がってくると、心臓の音が速くなったのを感じた。
次はなんだろう?
手が無くなる? 足が無くなる? あるいはその全部?
最悪の想像をしながら、わたしはその文字を読んだ。
――『骨休み、身体休み』
「……え?」
思わず思考が停止した。
骨休み? 身体休み? 文字通りに受け取るなら……休めってこと?
「も、もしかして今日は……何もしなくていいってこと……?」
じわじわと、歓喜が湧き上がってくる。
「やっ……やったあああぁぁぁ!!」
わたしは心の底から歓喜の雄叫びを上げた。
布団の上で飛び跳ね、スネコスリを抱きしめてゴロゴロと転がり回る。
スネコスリが目を丸くしているけど、そんなのお構いなしだ。
今までのどんなお休みよりも嬉しかった。
だって、命の危険がないんだよ?
身体の一部を失う恐怖がないんだよ?
ただゆっくりと休んでいればいい。
それだけでいいなんて、まるで夢みたいだ!
わたしはスキップするような勢いで玄関を出た。
外の空気は今までで一番美味しく感じられた。
空は青く、風は心地よい。
世界が輝いて見えるとは、まさにこのことだ。
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昨日の【守り事】のあと、村は二極化していた。
「まさか休みとは、【どろどろ様】も粋な計らいをしてくれるもんだ!」「よし、ゴルフでも打ちっ放すとするか!」「あら、じゃあ私はお茶会でも開こうかしら」
今日が休みだと知って、今までにないぐらい楽しそうな村人たち。
彼らは生き残った『成功者』たちだ。
顔色も良く、心なしか若返っているようにさえ見える。
その一方で――。
「うう……ちくしょう……ちくしょう……」「マズイ……もう後がねぇ……」「すまねぇ……すまねぇ【どろどろ様】……」
【祭】に失敗した村人たちは、さめざめと泣いているか、朝からやけ酒をしているかだった。
中には包帯を巻いた手を見つめ、虚ろな目で空を仰いでいる人もいる。
もし昨日、煙を上げる方法が思いつかなかったら、わたしもあっち側に――。
わたしは、慌てて頭を振りかぶってその考えを捨てた。
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「さて、今日はなにしようかな?」
なんというか、ウキウキが止まらなかった。
『けんけんぱ』しながら歩かなくてもいいし、変な言葉を使わなくてもいい。
今のわたしは、まさに自由だ。今日ほど自由の有り難みを知った日はない。
何もしなくていいという贅沢を噛み締めながら、ぶらぶらと散歩していると、遠くに茶色のツナギと黒い帽子が目に入った。
誰かはすぐに分かった。平八郎さんだ。
背中には古びた三十年式歩兵銃。小高い丘にある椅子に座り、ぼんやりと遠くの山々を眺めているようだ。
いつもなら鋭い眼光で周囲を警戒しているのに、今日はずいぶんと気が抜けているように見える。
「平八郎さん! こんにちは!」
わたしが声をかけると、平八郎さんはビクリと肩を震わせ、慌てて振り返った。
「お、おお、トーノさんか。……びっくりさせんでくだせぇ」
「ふふ、ごめんなさい。平八郎さんも『骨休み』ですか?」
「まあ……そんなところでさぁ」
平八郎さんは帽子を深くかぶり直し、ふぅとため息をついた。
「今日が休みだっちゅうのに、どうも落ち着かなくてねぇ……」
平八郎さんは手持ち無沙汰そうに、小銃の銃床を撫でている。
「もしかして……【守り事】がなくて困ってるんですか?」
あんな無茶振りを喜んで受ける人が居る事に、わたしは衝撃を受けた。
「……性分なんでしょうな。何もしなくていいと言われると、自分が役立たずになったような気がしてならねぇんですよ」
命令があれば地獄にでも行くだろうけど、自由を与えられると途端に不器用になってしまうようだ。
根っからの兵隊さんなんだなぁ、とわたしは思った。
「じゃあ……わたしの話し相手になってくれませんか?」
「話し相手、ですかい?」
「はい。わたしも何をしたらいいのか困っていたので」
わたしの言葉は、半分ウソで、半分本当だ。
わたしは、平八郎さんに聞きたいことがあった。
話の続き――【祭】六日目に聞いた、戦争の話の続きだ。
あの日、平八郎さんは相棒の小銃――『三十』になりきって語っていた。
ジャングルの中で、何かを撃った話を。
途中で誤魔化されてしまったけれど、その時の平八郎さんは過去の亡霊を見ているようだった。
「戦時中、平八郎さんは南の島に向かったと言っていました。そして、ジャングルを進んでいった先で……何を撃ってしまったんですか?」
わたしは単刀直入に聞いた。




