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一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


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41_【祭】十四日目・『福笑い、集めて楽し』5



 ※-------------※



 絶望な気分のまま、更に一時間が経過した。

 空が茜色に染まる。いよいよタイムリミットがすぐそこまで迫っている。


 もし最後まで見つけられなかったら、どうなるんだろう?

 左目は戻らないままなの? 一生片目のままなの?

 それとも、全部没収されてしまうの……?


 分からない。分からないからこそ恐ろしい。

 恐怖で足がすくんで、涙が出てくる。


「イヤ……! もうイヤ……!」

 もうパニック寸前だった。いっそパニックになった方が楽な気さえしてきた。


 なんとかしないと。でもどうやって?

 なんとかするんだ。でもどうやって?

 わたしの思考は、この繰り返ししか出来なくなっていた。


 そもそも、わたしには無理な【守り事】だったんだ。

 いや、初めからそうだ。三十日間も【守り事】を守り通せるハズがなかったんだ。


 どうしてわたしが選ばれてしまったんだろう?

 火車さんが選ばれていれば、すぐにでもこの【守り事】をクリアしているハズなのに。

 三十日間守り通すのも簡単なハズなのに。

 火車さんなら、火車さんなら――。


「火車さんなら……どうやってこの左目を見つけるのかな?」

 わたしの考えではもう無理だ。

 だからわたしは、火車さんならどうするかを考えることにした。


 火車さんならどんな方法で見つける? きっと培った知識で解決するはずだ。

 もしかしたら意外な方法で道を切り開くかもしれない。

 そうだ。火車さんの助手として、諦めてたまるもんか……! 


 きっとまだ何か方法があるハズ。

 空を見ているなら、空にあるもので合図を送れないかな?


「位置を特定するには……」

 空を見ている目の、現在地を知る方法……。


 ドローン? そんなハイテクなものはない。

 風船? ダメだ、ヘリウムがないと浮かび上がらない。


 じゃあ……もっとアナログな方法だ。

 遠くからでも見えるもの。空に――いや、空を見ている目にサインを送れるモノ。


「そっか、煙……!」

 そうだ! 狼煙のろしがあった!

 今も使われている、最古の通信手段。

 空を見上げているなら、煙が上がれば絶対に見えるハズ!


 ……いや、ダメだ。煙を上げても、結局視界の片隅に煙が見えるだけで、位置の特定までは出来ない。

 でもすごく惜しい気がする。何かが足りないだけな気がする。


 ……分かった! 『三角測量』だ!

 わたしは近くの小屋に飛び込んで、必要なものをかき集める。


 ライター、古新聞、黒いビニールシール、着火剤の代わりの灯油。

 あとは、あとは……やった! 発煙筒もあった!

 これでなんとかなるハズ……! ――いや、なんとかするんだ!


 わたしは走った。

 もう体力なんて残っていないけど、最後の力を振り絞って走った。


 息が切れる。でも止まったら終わりだ。

 日が沈む前に煙を上げなきゃいけない。

 これが……本当のラストチャンスだ。



 ※-------------※



 わたしはまず最初に、村の南にある広場で灯油をかけた新聞紙を燃やした。

 白い煙がモクモクと立ち昇る。

 これまで空しか映ってなかった左目に、やっと新しいヒント――白い煙が映った。


「やった!」

 だけどまだ早い。だけどまだ足りない。

 わたしは急いで次の場所に移る。


 次は村の西にある畑で、黒いビニールを燃やした。

 真っ黒な煙がモウモウと立ち昇る。

 これで左目には、白い煙と、黒い煙の二つが映った。


 そして最後に、村の東の入り口で発炎筒を焚いた。

 鮮やかな光と赤い煙がゴウゴウと立ち昇る。

 まぶしい。でもわたしにはそれが希望の光に見えた。


 これで三つの狼煙が上がった。

 白、黒、赤の三つが、村を囲うような三角形になっている。

 これで……ついに準備完了だ。


 わたしは村の中央に戻って、左目に全神経を集中させる。

 暗くなりかけた空に、希望の三本の煙が見える。


「よし、これで……!」

 視界の下からは、黒い煙が。

 視界の左からは、白い煙が。

 そして視界の右からは、赤い煙が見える。


 一番大きく見える煙は、黒い煙。

 そして次に大きいのは、赤い煙。

 一番小さく見える煙は当然、白い煙。

 つまり――。


 村の入口を南とするならば、東か、南東よりの位置に左目がある……!


 わたしは村の中央から、東に向けて石を放り投げる。……何も見えない。

 次は、ちょっとだけ南東に動かして石を放り投げる。……また何も見えない。


 陽はもう落ちかける寸前で、微かな夕日だけが村を照らしている。

 もうタイムオーバー寸前だ。


「お願い……! もうこれしか方法がないの……!」

 わたしは震える手をぐっと押さえ、石を放り投げ続ける。

 そしてついに――南南東やや南に投げた石が、視界を横切った。


「ここだ……! 間違いない……!」

 この直線上に、必ず左目がある……!


 わたしはハシゴを片手に、直線を突き進む。

 屋根に昇り、また降り、そしてまた昇るを繰り返していく。


 夕日が完全に落ちた時――真っ暗な影がわたしの左目に入ってきた。

 それは、わたし自身だった。


「……あった……。あったよ! わたしの左目が! ここに!!」

 わたしはわたしの左目を持ち上げる。

 確かめるまでもない。これはわたしの左目だ。

 最後の……最後の顔のパーツだ……!


 間に合った……。間に合ったんだ……!

 嬉しさのあまり、わたしは号泣する。


 持ち上げた左目と、最初に見つけた右目の涙が、空中で混ざりあった。



 ※-------------※



 それから少しして、タイムオーバーになったことが直感で『分かった』。

 ギリギリだった。本当にギリギリだった。


 村のあちこちから絶叫とすすり泣く声が聞こえてくる。

 今回の【守り事】に失敗した村人は、全体の半数――26人にもなったことを後で知った。


 平八郎さんも、わたしと同じぐらいギリギリだったそうだ。

 いつもは助けてくれる平八郎さんだけど、今回ばかりはその余裕もなかったらしい。


 きっと翌日には、【守り事】に失敗した罰が執行されるだろう。

 26人もの指が、平八郎さんの手によって【どろどろ様】に捧げられるだろう。


 ああ、今になって分かった。

 そのぐらいの犠牲、安いものだと。

 こんな試練の後なら、きっと誰だってそう思うだろう。


 わたしは、自分の顔をもう一度触った。

 でもこれは、本当に「私の顔」なんだろうか?

 一度バラバラになって拾い集めたこの顔は、本当に元のわたしと同じなんだろうか?


 もし微妙に配置がずれていたら?

 もし知らない誰かのパーツが混ざっていたら?

 疑心暗鬼になりそうになる。


 でも……きっと大丈夫だ。なぜかそう思えた。

 そう信じて、私は家路を急いだ。

 背後の闇から、誰かの視線を感じながら。


 【祭】十四日目は、こうして幕を閉じた。

 それは、わたしがわたしを取り戻すための、長い長い一日だった――。



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