36_【祭】十四日目・右目
わたしは震える手で、『わたし』の眼球を持ち上げた。
落としそうになるのを必死にこらえる。
もしこれを落してしまったらどうなるか? 想像もしたくない。
わたしは覚悟を決めて、右目を顔の『あるべき場所』に押し当てた。
震える指で、ゆっくりと眼球を押し込む。
痛くないか心配だったけど、まるで吸い込まれるように入っていった。
その瞬間、頭の中にビリッと電気が通ったような痛みが走った。
スパークするような衝撃。
脳の奥で回路が接続されたような感覚。
そしてついに――視界がいつもの位置に戻った。
右目が元通りになったってことなの……?
試しにまばたきしてみる。
パチパチと、目が開け閉め出来ているのがハッキリと分かった。
はあ……良かった……! 本当に良かった……!
わたしは、安堵からその場にへたり込んでしまった。
目が見える。それがこんなに嬉しいだなんて。
突然目を失ってしまった人の痛みが分かった気がする……。
ようやく……ようやく一つ取り戻すことが出来た。
自分が向いた方向に、視界が動く。視界が自由に動かせる。
この『当たり前』がこんなに安心するなんて知らなかった。
まだ右目だけだけど、外の世界も取り戻すことが出来た気分だった。
『世界がズレている』と感じていたのは、きっとこの所為だったんだろう。
取り戻せたのが右目だけとはいえ、元通りになったような気がする。
でも、まだ喋れないし、匂いも分からないし、音も聞こえないままだ。
わたしは、やっと神棚を見上げることが出来た。
この異常事態は、まず間違いなく【守り事】に関係している。
今日の新しい【守り事】は――。
――『福笑い、集めて楽し』。
その文字を見た瞬間、血の気が引いた。
同時に、今の事態に納得もしてしまった。
福笑い。バラバラになった顔のパーツを目隠しで当てはめていく、お正月の遊びだ。
ただし今回は、紙のパーツではなく、本物の肉体パーツだけど。
今日の【守り事】は、一際悪趣味で、醜悪に感じた。
『集めて楽し』だなんてウソっぱちだ。
こんな拷問、誰が楽しむっていうの?
まさか……【どろどろ様】?
わたしたちが必死に自分の目や鼻を探して這いずり回るのを、どこからか見て笑ってるの?
これまでの【守り事】は、理不尽ではあったがどこか面白おかしい『ゆとり』みたいなものがあった。
だけど、今回は違う。
まるで……そう、虫を潰して遊ぶような残酷さを感じる。
今日だけが特別な試練なの?
それとも、これが【どろどろ様】の本性なの……?
分からない。けれどきっと、いくら悩んでも答えは出ないだろう。
わたしに出来るのは、残りのパーツを集めることだけ。
左目、両耳、鼻、口――。
これらを今日中に見つけ出して、元に戻さないといけない。
もし……もし見つけられなかったら、どうなるんだろう?
【どろどろ様】は元に戻してくれるのかな?
それとも、一生このまま……?
恐怖でヒザが震える。
イヤだ。失敗したくない。絶対に、絶対に……!
わたしはゆっくりと立ち上がる。
足元がひどくふらつく。
耳が――バランスを取るための三半規管がないからかもしれない。
世界が船の上みたいにグラグラ揺れている。
まっすぐ立っているつもりなのに、身体が勝手に傾く。
めまいをこらえながら、私は玄関の扉を開けた。




