33_【祭】十一日目~十三日目・2
――十二日目の【守り事】は、『擬音擬音、音で会話』。
翌朝、顔面の激痛と共に目が覚めた。
昨日の【守り事】のせいで、表情筋が完全に筋肉痛を起こしていた。
口を開けるのも一苦労だ。
「うう~……顔が……顔が痛いよぉ……」
痛む顔をさすりながら、今日の【守り事】を確認した。
それが、『擬音擬音、音で会話』だった。
擬音というのは、チクチクとか、ポンポンとか、口で表現する音――いわゆる『オノマトペ』のことだ。
つまりこの【守り事】は、会話の中に必ずオノマトペを入れなければならない、というものだった。
結論から言えば、この【守り事】は大当たりだった。
いつも通り平八郎さんが迎えにやってきてくれたので、わたしは『今日はいい天気ですね』と言うところを、
「今日はサンサン太陽がポカポカでうれしいね」
と言い換えて言った。
平八郎さんもうれしそうに、
「ああ、ピカピカ太陽がおりゃあたちをガンガン照らしてくれっから、もう上着も要らねぇぐらいポカポカだなぁ」
と言い換えて言ってくれた。
そしてわたしたちは、思わず笑いあった。
昨日のような引きつった笑みではなく、自然にこぼれるような笑顔で。
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集会場での朝ごはんは、まさにオノマトペのラッシュだった。
「このモチモチごはんとサクサク天ぷらが美味しいね!」「あー、やっぱり朝はみそ汁だな。この……えっと……フニャフニャした豆腐と、シャキシャキしたネギが胃にしみるよ」
村人たちは、会話にピッタリなオノマトペを一生懸命探しながら喋っていた。
「今日のパンはフワフワだね」「お肉がトロトロで、スルスルと口に入っていくよ」「アチアチのお茶は、フーフーして飲まないとねぇ」
こうして聞いていると、なんだか孫に話しかける祖父と祖母のようだった。
きっと会社に行けば、難しい専門用語で会議をしてきたのだろう。
でも今は、難しい言葉は使わないように、出来るだけ分かりやすい言葉を選んで話していた。
良い意味で苦戦している村人たちを見ると、なんだかホッコリした。
「ふふ、スネコスリは今日もフワフワだねぇ」
「わんにゃー」
わたしは足元にいたスネコスリを撫でた。
「あら、今日もスネコスリちゃんが来てたの? ピチピチのタイを食べる? 今が旬の、愛媛の桜鯛よ」「こっちも美味ぇぞ。但馬牛のフィレ肉だ。いつもみたいにガツガツ食ってくれ」
村人たちはすっかりメロメロで、高級料理をお供え物のように置いていった。
今ではすっかり一ニ三五村のアイドルだ。……すっかり舌も肥えただろうけど。
わたしもスネコスリに向かって、
「ナデナデするね~、ゴロゴロしてて可愛いね~」
なーんて言いながら可愛がっていた。
二十歳の女子大生にしてはちょっと痛いかな……?
べ、別にいいよね。だってこれが【守り事】なんだから。
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夜、フワフワでポカポカの羽毛布団に寝転がった。
今日一日は、中学生――いや、村全体が小学校に戻ってしまったかのようだった。
まるで絵本の中に閉じ込められたような、奇妙でふわふわした一日だった。
もし今日の感想を書くなら、
『きょうは、キラキラで、ニコニコでした』
そんな平仮名だらけの文章にしかならないだろう。
ずっとこういう【守り事】が続いてくれた嬉しいのに。
何度目か分からない願いを祈りながら、わたしは眠りについたのだった。
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――十三日目の【守り事】は、『直立禁止、斜に構えよ』。
天国のような【守り事】の次に待っていたのは、地獄のような純粋な肉体的試練だった。
直立禁止。つまり、真っ直ぐ立ってはいけないということだ。
常に身体を斜めにしたり、腰を曲げていなければならなかった。
わたしは実家の近所のおばあさんを思い浮かべながら、腰を曲げてみた。
案外楽……なのかな? 少なくとも、今はそんなに辛くなかった。
でも、心なしか歳を取っちゃった気がした……。
そんなことを思いながら玄関を開けると、そこにはある意味衝撃的な光景が広がっていた。
道行く村人たちが全員、極端に腰を曲げたまま歩いていたのだった。
その光景はまさに、限界集落そのもの。――いや、老人ホームというべきなのかな?
とにかく、村のあちこちからヨボヨボという擬音がずーっと聞こえてくるようだった。
こういう言い方をしたら変だけど、ここの村人たちは年齢の割に姿勢も雰囲気も若々しかった。
それが今や、ある意味年相応な村になってしまっていた。
不老――永遠の若さを手に入れる為の試練なのに、【守り事】で年寄りの真似をさせられるなんて皮肉でしかなかった。
その日一日は、わたしを含めて村から『若さ』が消え去ってしまったようだった――。
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これが、この三日間で行った【守り事】だ。
改めて振り返ってみると、これまで行ってきた【守り事】の中ではずいぶんと軽い方だったんだなと思った。
どうしてだろう? 疑問に思って考えてみても、答えはでない。
だって、本当に規則性も法則性もないから。
だけど、あえて一つだけ答えを出すのなら――本当に恐ろしい試練は唐突にやって来るということ。
まるで、四日目のように。
【どろどろ様】と思われる圧倒的存在が、あれだけ近くに感じられたように。
――でも翌日になって、わたしの考えなんてチョコレートよりも甘かったことを痛感させられた。
それまでの滑稽で笑えるような日々が、すべて前フリだったかのような。
これまでの苦労など、単なる準備運動に過ぎなかったのだと思い知らされるような。
絶望という名の【守り事】が、音もなく近づいていた――。




