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一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


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33/50

33_【祭】十一日目~十三日目・2


――十二日目の【守り事】は、『擬音擬音、音で会話』。


 翌朝、顔面の激痛と共に目が覚めた。

 昨日の【守り事】のせいで、表情筋が完全に筋肉痛を起こしていた。

 口を開けるのも一苦労だ。


「うう~……顔が……顔が痛いよぉ……」

 痛む顔をさすりながら、今日の【守り事】を確認した。

 それが、『擬音擬音、音で会話』だった。


 擬音というのは、チクチクとか、ポンポンとか、口で表現する音――いわゆる『オノマトペ』のことだ。

 つまりこの【守り事】は、会話の中に必ずオノマトペを入れなければならない、というものだった。


 結論から言えば、この【守り事】は大当たりだった。

 

 いつも通り平八郎さんが迎えにやってきてくれたので、わたしは『今日はいい天気ですね』と言うところを、

「今日はサンサン太陽がポカポカでうれしいね」

と言い換えて言った。


 平八郎さんもうれしそうに、

「ああ、ピカピカ太陽がおりゃあたちをガンガン照らしてくれっから、もう上着も要らねぇぐらいポカポカだなぁ」

と言い換えて言ってくれた。


 そしてわたしたちは、思わず笑いあった。

 昨日のような引きつった笑みではなく、自然にこぼれるような笑顔で。



 ※-----------※



 集会場での朝ごはんは、まさにオノマトペのラッシュだった。

「このモチモチごはんとサクサク天ぷらが美味しいね!」「あー、やっぱり朝はみそ汁だな。この……えっと……フニャフニャした豆腐と、シャキシャキしたネギが胃にしみるよ」

 村人たちは、会話にピッタリなオノマトペを一生懸命探しながら喋っていた。


「今日のパンはフワフワだね」「お肉がトロトロで、スルスルと口に入っていくよ」「アチアチのお茶は、フーフーして飲まないとねぇ」

 こうして聞いていると、なんだか孫に話しかける祖父と祖母のようだった。


 きっと会社に行けば、難しい専門用語で会議をしてきたのだろう。

 でも今は、難しい言葉は使わないように、出来るだけ分かりやすい言葉を選んで話していた。

 良い意味で苦戦している村人たちを見ると、なんだかホッコリした。


「ふふ、スネコスリは今日もフワフワだねぇ」

「わんにゃー」

 わたしは足元にいたスネコスリを撫でた。


「あら、今日もスネコスリちゃんが来てたの? ピチピチのタイを食べる? 今が旬の、愛媛の桜鯛よ」「こっちも美味ぇぞ。但馬牛のフィレ肉だ。いつもみたいにガツガツ食ってくれ」

 村人たちはすっかりメロメロで、高級料理をお供え物のように置いていった。

 今ではすっかり一ニ三五村のアイドルだ。……すっかり舌も肥えただろうけど。


 わたしもスネコスリに向かって、

「ナデナデするね~、ゴロゴロしてて可愛いね~」

なーんて言いながら可愛がっていた。


 二十歳の女子大生にしてはちょっと痛いかな……?

 べ、別にいいよね。だってこれが【守り事】なんだから。



 ※------------※


 

 夜、フワフワでポカポカの羽毛布団に寝転がった。

 今日一日は、中学生――いや、村全体が小学校に戻ってしまったかのようだった。

 まるで絵本の中に閉じ込められたような、奇妙でふわふわした一日だった。


 もし今日の感想を書くなら、

『きょうは、キラキラで、ニコニコでした』

 そんな平仮名だらけの文章にしかならないだろう。


 ずっとこういう【守り事】が続いてくれた嬉しいのに。

 何度目か分からない願いを祈りながら、わたしは眠りについたのだった。



 ※----------------※



――十三日目の【守り事】は、『直立禁止、斜に構えよ』。


 天国のような【守り事】の次に待っていたのは、地獄のような純粋な肉体的試練だった。


 直立禁止。つまり、真っ直ぐ立ってはいけないということだ。

 常に身体を斜めにしたり、腰を曲げていなければならなかった。


 わたしは実家の近所のおばあさんを思い浮かべながら、腰を曲げてみた。

 案外楽……なのかな? 少なくとも、今はそんなに辛くなかった。

 でも、心なしか歳を取っちゃった気がした……。


 そんなことを思いながら玄関を開けると、そこにはある意味衝撃的な光景が広がっていた。

 道行く村人たちが全員、極端に腰を曲げたまま歩いていたのだった。


 その光景はまさに、限界集落そのもの。――いや、老人ホームというべきなのかな?

 とにかく、村のあちこちからヨボヨボという擬音がずーっと聞こえてくるようだった。


 こういう言い方をしたら変だけど、ここの村人たちは年齢の割に姿勢も雰囲気も若々しかった。

 それが今や、ある意味年相応な村になってしまっていた。

 不老――永遠の若さを手に入れる為の試練なのに、【守り事】で年寄りの真似をさせられるなんて皮肉でしかなかった。


 その日一日は、わたしを含めて村から『若さ』が消え去ってしまったようだった――。



 ※------------※



 これが、この三日間で行った【守り事】だ。

 改めて振り返ってみると、これまで行ってきた【守り事】の中ではずいぶんと軽い方だったんだなと思った。


 どうしてだろう? 疑問に思って考えてみても、答えはでない。

 だって、本当に規則性も法則性もないから。


 だけど、あえて一つだけ答えを出すのなら――本当に恐ろしい試練は唐突にやって来るということ。

 まるで、四日目のように。

 【どろどろ様】と思われる圧倒的存在が、あれだけ近くに感じられたように。


――でも翌日になって、わたしの考えなんてチョコレートよりも甘かったことを痛感させられた。


 それまでの滑稽で笑えるような日々が、すべて前フリだったかのような。

 これまでの苦労など、単なる準備運動に過ぎなかったのだと思い知らされるような。

 絶望という名の【守り事】が、音もなく近づいていた――。



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