32_【祭】十一日目~十三日目・1
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【祭】十一日目~十三日目 回想
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この三日間はまるで悪い冗談のような、あるいは白昼夢を見ているような日々だった。
記憶が混濁するほど強烈で、でも二度と忘れられないほど戦慄でもあった。
今思い返しても、この三日間は現実感を欠いた、奇妙でシュールなパレードのようだった。
時間の感覚さえ曖昧になり、ただ目の前の【守り事】を守ることだけに全神経を注ぐしかなかった。
そんな極限状態の記憶を、わたしはどうにか書き留めてみる。
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――十一日目の【守り事】は、『笑う門、福が来る』だった。
目が覚めて神棚を見上げた時、そこに浮かび上がった文字を見て、わたしは正直なところ「助かった!」と思った。
字面の通り、一日中いかなる時も笑っていなければならないという【守り事】だった。
昨日の五七五縛りのような頭を使う苦労もない。
ただニコニコしていればいいだけだ。
「笑顔でいればいいだけなんて簡単簡単♪」
鏡の前で自分の笑顔チェックをしながらそう思っていた自分を、今のわたしならダッシュでグーパンチしに行っていただろう。
とんでもない間違いだったことを、数分後に思い知ることになる。
違和感は、玄関のドアを開けた瞬間から始まった。
「あはははは! おはようございます、トーノさん!」
おばあさんがホウキを片手に挨拶をしてくれた。
彼女は満面の笑みを浮かべていた。
目じりは下がり、口は三日月のように大きく弧を描き、頬の肉はこれでもかというほど持ち上げて。
教科書通りの、完璧な笑顔だ。
「あ、おはようございます。あは、あははは……」
わたしはつられて笑い返したが、自分の頬が引きつるのが分かった。
わたし、こんなに笑うのが下手だったっけ……?
村を歩けば、すれ違う人全員が笑顔だ。
クワを振るおじいさんも、重い洗濯物を干すおばさんも、みんな歯茎が見えるほどの満面の笑みで作業していた。
「ガハハ! 今日の荷物は重いなぁ! 腰がピキッといったぞ! アハハ!」「ウフフ! 足の小指をタンスにぶつけたわ! オホホ!」
口から出る言葉は悲鳴に近いのに、表情だけが極端に明るかった。
見るからに痛々しくもあるが、辛い時こそ笑顔で! なんて言葉もあるぐらいだ。
それに、これまでの【守り事】と比べたら全然楽で楽しい方だと思えた。――この時までは。
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集会所に向かう途中、わたしは石につまずいて派手に転んでしまった。
「痛ぅ……!」
涙目になりながらヒザをさすった。
ズボンが破れて血が滲んでいた。痛い。泣きたい。
でも、通りかかった村人がわたしを見て、ニカッと爽やかに笑いかけてくるのだ。
「アハハ! 大丈夫かいトーノさん! 派手にやったねぇ、ガハハ!」
反射的にムカッとなってしまったのを覚えている。
なんて失礼な人だろうと思ってしまった。
だが――そうじゃない。どんなことがあろうとも、『笑わなければならない』のだ。
わたしも、血を流しながら必死に笑みを浮かべた。
「アハハ……平気です……! ちょっとドジっちゃいました……! ウフ……ウフフ……!」
痛みに顔を歪めることさえ許されない。
『痛い』と思いながら『楽しい』顔をする。
頭が混乱して、自分が今どんな感情なのか分からなくなってくる。
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この日の一番の地獄は、昼下がりに公民館前の広場で行われた『青空健康体操』だった。
村人たちにとって、健康維持はどんな事よりも重要なミッションだ。
いつもならゆったりとした空気の中、じっくりと身体を動かす時間なのだが、今日は違った。
「さあ皆さん! 最高の笑顔で! 太陽に向かってニッコリしましょう!」
インストラクター役のおばさんが、満面の笑みで叫んだ。これまで美を追求してきたとあって、50代とは思えない肌ツヤだ。
わたしも参加させられたのだが、これが拷問以外の何物でもなかった。
「はい、まずは前屈! 息を吐いてー!」
全員が一斉に前屈をした。
身体の硬いおじいさんたちが「うぐぐ……」と呻き声を上げる。――が、すぐさま「ア、アハハハ……!」と笑い声に変えていた。
「次は身体を横を伸ばしてー! そこ、笑顔が足りませんよー!」
インストラクターのおばさんはとても張り切っていた。
みんなに協力しているつもりなのだろう。……それが余計なお世話とも知らずに。
隣にいた平八郎さんが、スクワットの体勢でプルプルと震えながら私に話しかけてきた。
「ト、トーノさん……。この体操は……アハハ……なんともキツイ……ねぇ……!」
額から大量の脂汗が流れている。
毎日村の警護をしている平八郎さんだが、体力はあっても柔軟はダメなようだ。
「そ、そうですね……アハハ! へ、平八郎さんも無理しないでくださいね……エヘヘ!」
わたしも太ももがパンパンで限界だったが、必死に笑みを浮かべた。浮かべなければいけなかった。
「はい、最後は深呼吸! 世界で一番幸せな顔でー! アッハッハー!」
青空の下、何十人もの村人が涙目で高笑いをした。
これで来るのは、きっと福じゃない。――警察だろう。
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夜、わたしはやっと自分の家に帰ってきた。
顔を洗うために洗面所に向かった。
そして、鏡に映った自分の顔を見て、わたしは思わず吹き出した。
目は充血し、汗で髪はボサボサ。
だけど口だけは、裂けてしまいそうなほど大きく歪めた変な顔があった。
これが……わたし?
あまりの必死さに、恐怖よりも先におかしさが込み上げてくる。
でも、笑いすぎてお腹が痛くなっても、表情は変えられない。
「……ふふ……もうやだ……この顔……」
顔の筋肉が固まって、自分の顔じゃないみたいに引きつっていた。
布団に入っても、頬が持ち上がったまま戻らなかった。
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