↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/50

32_【祭】十一日目~十三日目・1

******************

【祭】十一日目~十三日目 回想

******************


 この三日間はまるで悪い冗談のような、あるいは白昼夢を見ているような日々だった。

 記憶が混濁するほど強烈で、でも二度と忘れられないほど戦慄でもあった。


 今思い返しても、この三日間は現実感を欠いた、奇妙でシュールなパレードのようだった。

 時間の感覚さえ曖昧になり、ただ目の前の【守り事】を守ることだけに全神経を注ぐしかなかった。

 そんな極限状態の記憶を、わたしはどうにか書き留めてみる。



 ※---------------※


――十一日目の【守り事】は、『笑う門、福が来る』だった。


 目が覚めて神棚を見上げた時、そこに浮かび上がった文字を見て、わたしは正直なところ「助かった!」と思った。

 字面の通り、一日中いかなる時も笑っていなければならないという【守り事】だった。


 昨日の五七五縛りのような頭を使う苦労もない。

 ただニコニコしていればいいだけだ。


「笑顔でいればいいだけなんて簡単簡単♪」

 鏡の前で自分の笑顔チェックをしながらそう思っていた自分を、今のわたしならダッシュでグーパンチしに行っていただろう。

 とんでもない間違いだったことを、数分後に思い知ることになる。


 違和感は、玄関のドアを開けた瞬間から始まった。

「あはははは! おはようございます、トーノさん!」

 おばあさんがホウキを片手に挨拶をしてくれた。


 彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 目じりは下がり、口は三日月のように大きく弧を描き、頬の肉はこれでもかというほど持ち上げて。

 教科書通りの、完璧な笑顔だ。


「あ、おはようございます。あは、あははは……」

 わたしはつられて笑い返したが、自分の頬が引きつるのが分かった。

 わたし、こんなに笑うのが下手だったっけ……?


 村を歩けば、すれ違う人全員が笑顔だ。

 クワを振るおじいさんも、重い洗濯物を干すおばさんも、みんな歯茎が見えるほどの満面の笑みで作業していた。


「ガハハ! 今日の荷物は重いなぁ! 腰がピキッといったぞ! アハハ!」「ウフフ! 足の小指をタンスにぶつけたわ! オホホ!」

 口から出る言葉は悲鳴に近いのに、表情だけが極端に明るかった。

 見るからに痛々しくもあるが、辛い時こそ笑顔で! なんて言葉もあるぐらいだ。


 それに、これまでの【守り事】と比べたら全然楽で楽しい方だと思えた。――この時までは。



 ※-----------※



 集会所に向かう途中、わたしは石につまずいて派手に転んでしまった。


「痛ぅ……!」

 涙目になりながらヒザをさすった。

 ズボンが破れて血が滲んでいた。痛い。泣きたい。

 でも、通りかかった村人がわたしを見て、ニカッと爽やかに笑いかけてくるのだ。


「アハハ! 大丈夫かいトーノさん! 派手にやったねぇ、ガハハ!」

 反射的にムカッとなってしまったのを覚えている。

 なんて失礼な人だろうと思ってしまった。

 だが――そうじゃない。どんなことがあろうとも、『笑わなければならない』のだ。


 わたしも、血を流しながら必死に笑みを浮かべた。

「アハハ……平気です……! ちょっとドジっちゃいました……! ウフ……ウフフ……!」

 痛みに顔を歪めることさえ許されない。

 『痛い』と思いながら『楽しい』顔をする。

 頭が混乱して、自分が今どんな感情なのか分からなくなってくる。



 ※-------------※



 この日の一番の地獄は、昼下がりに公民館前の広場で行われた『青空健康体操』だった。

 村人たちにとって、健康維持はどんな事よりも重要なミッションだ。

 いつもならゆったりとした空気の中、じっくりと身体を動かす時間なのだが、今日は違った。


「さあ皆さん! 最高の笑顔で! 太陽に向かってニッコリしましょう!」

 インストラクター役のおばさんが、満面の笑みで叫んだ。これまで美を追求してきたとあって、50代とは思えない肌ツヤだ。

 わたしも参加させられたのだが、これが拷問以外の何物でもなかった。


「はい、まずは前屈! 息を吐いてー!」

 全員が一斉に前屈をした。

 身体の硬いおじいさんたちが「うぐぐ……」と呻き声を上げる。――が、すぐさま「ア、アハハハ……!」と笑い声に変えていた。


「次は身体を横を伸ばしてー! そこ、笑顔が足りませんよー!」

 インストラクターのおばさんはとても張り切っていた。

 みんなに協力しているつもりなのだろう。……それが余計なお世話とも知らずに。


 隣にいた平八郎さんが、スクワットの体勢でプルプルと震えながら私に話しかけてきた。

「ト、トーノさん……。この体操は……アハハ……なんともキツイ……ねぇ……!」

 額から大量の脂汗が流れている。

 毎日村の警護をしている平八郎さんだが、体力はあっても柔軟はダメなようだ。


「そ、そうですね……アハハ! へ、平八郎さんも無理しないでくださいね……エヘヘ!」

 わたしも太ももがパンパンで限界だったが、必死に笑みを浮かべた。浮かべなければいけなかった。


「はい、最後は深呼吸! 世界で一番幸せな顔でー! アッハッハー!」

 青空の下、何十人もの村人が涙目で高笑いをした。


 これで来るのは、きっと福じゃない。――警察だろう。



 ※--------------※



 夜、わたしはやっと自分の家に帰ってきた。

 顔を洗うために洗面所に向かった。

 そして、鏡に映った自分の顔を見て、わたしは思わず吹き出した。


 目は充血し、汗で髪はボサボサ。

 だけど口だけは、裂けてしまいそうなほど大きく歪めた変な顔があった。


 これが……わたし?

 あまりの必死さに、恐怖よりも先におかしさが込み上げてくる。

 でも、笑いすぎてお腹が痛くなっても、表情は変えられない。


「……ふふ……もうやだ……この顔……」

 顔の筋肉が固まって、自分の顔じゃないみたいに引きつっていた。

 布団に入っても、頬が持ち上がったまま戻らなかった。



 ※--------------※


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。