31_火車の調査録・4
――ブブブ、ブブブ。
ポケットの中のスマホが震えた。
火車はすぐさま取り出し、画面を確認する。
『非通知設定』。間違いない、トーノだ。
火車は席を立ち、足早に外へと出る。
「もしもし、トーノ? 無事なの?」
「大丈夫 わたしはとても 元気です」
「ふぅ……安心したわ。あの鉄砲爺さんに脅されて、ついに電話を止めたのかと思ったわよ」
三日前、トーノは初の失敗者が出たこと、そして【祭】失敗の罰が指の切断だったことを泣きながら話してくれた。
だが、その日から連絡がパタリと途絶えていたのだった。
「ご心配 かけて大変 すみません」
「トーノ……?」
火車は耳を疑った。声は確かにトーノのものだ。
だが、喋り方が明らかにおかしい。
抑揚がなく、まるで機械音声がテキストを読み上げているかのような独特のリズム。
「もしかして……2日間電話が出来なかったのも、今話し方が変なのも、【守り事】のせいなのかしら?」
「…………」
火車の問いかけに対して、なぜかトーノは黙ったままだ。
「トーノ? どうして黙ってるの?」
「合ってます 凄く厄介 【守り事】」
かなり遅れてトーノが返事を返してくれた。
またしても独特なリズム。だが、とても聞き覚えのあるテンポ。
まさか、これは……。火車は確信した。
「まさか……五七五で喋らなきゃダメなの?」
「……っ!!」
電話の向こうでブンブンと首を縦に振る気配が伝わってくる。
火車は、まるで伝言ゲームでもしているような気分になった。
「一昨日は 運否天賦が 【守り事】。運任せ サイコロ振って 負けました」
「なるほど……。一昨日は全てをサイコロで決める、運任せな【守り事】だったってことね。電話しようとしたけど、運悪く負けてしまった……。そういう感じかしら?」
「……っ!!!」
またしても電話の向こうでブンブンと頷く音が聞こえる。
「昨日もサイコロに負けたってことかしら? ――いえ、違ったわね。【守り事】は毎日変わるのだから」
『昨日はね 完全無言 喋れない』
もうそれだけで電話できない理由が分かった。
完全無言の一日。人によっては楽だろうが、人によってはとても辛い【守り事】だろう。
特にトーノは、火車との会話が精神面で大きな支えとなっている。それが2日間も電話が出来ないとなれば、かなりまいっているハズだ。
「トーノ……。辛いだろうけど頑張ってね」
本当はもっと長く会話したいが、これ以上は負担になるだけだ。
それに、安心して、油断して、ボロが出てしまうのだけは避けたい。
トーノが本当の意味で五体満足に帰る為には――。
「貴方が無事でいる為には、【祭】を続ける以外にないの。私も出来る限り急いで【どろどろ様】の正体を見つけ出してみるわ。だから……それまでは何とか耐えて」
火車は、祈るような声で言った。
本当なら『今すぐ逃げて』と言いたい。だが、それは彼女を死に追いやる言葉になりかねない。
この矛盾。この無力感。火車は唇を噛み締めた。
「火車さん もちろんですよ 頑張る……よ」
最後、少し字余りになりかけたのをごまかすように、トーノが息を吐くのが聞こえた。
その健気な声に、火車の胸が熱くなる。
トーノは戦っている。たった一人で、わけのわからない恐怖と、理不尽なルールの中で。
「……ありがとう、トーノ。必ず……必ず助けに行くわ」
火車がそう告げると、電話の向こうで小さく鼻をすする音が聞こえた。
そして、プツリと通話が切れた。
恐らく、テレホンカードの度数が尽きたのだろう。
ロビーの窓から差し込む夕日が、火車の顔を赤く染めていた。
火車はスマホをポケットにしまい、深く息を吐き出した。
この十日間でトーノから得られた情報を、冷静に頭の中で整理する。
【守り事】には規則性も、法則性もない。
身体的にとても辛い日もあれば、精神的に厳しい日もある。
かと思えば、小学生の遊びのような時もある。
そしてそれは、三十日間続く。
それらをクリアした先に待っているのが――不老という報酬。
これらの情報を得てもなお、何の妖怪なのかが検討もつかない。
火車は悔しさのあまりに歯を噛む。
今日は【祭】の十日目。残りは……まだ二十日もある。
トーノの精神が疲弊しきる前に、あるいは【守り事】に失敗してしまう前に、【どろどろ様】の正体を見破って決着をつけなければならない。
消された歴史。隠蔽された伝承。
それらを見つけ出すには――。
「……なりふり構っていられないわね……」
書物に記されていないのなら、この地に残る痕跡を探すしかない。
石碑、祠、あるいは――村人の口伝。
どんなリスクを冒してでも、一ニ三五村の情報を掴み取りに行かなければ。
火車は図書館を後にし、バイクのもとへと戻った。
夕闇が迫る中、彼女の瞳はかつてないほど鋭く光っていた。
赤い前髪が風に舞う。それはまるで、これから始まる戦いの狼煙のように見えた。
「待っていなさい、トーノ。この私が、必ず正体を暴いてみせるから」
火車はアクセルを回す。バイクは矢のように飛び出し、闇へと沈みゆく山道へと消えていった。
さながらそれは、本当の『火車』のように――。




