30_火車の調査録・3
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朝の山道は冷え込みが厳しかった。
火車は愛車のバイク――ファイヤー・ブレードを走らせながら、本物の『火車』のように火をまとっていたのなら寒くないのに、と冗談交じりに思った。
普段ならサイドカーに乗せている相棒の妖怪――スネコスリはいない。
今頃、トーノの布団の中で丸くなっているだろうか。
火車が村を追い出された時、既にスネコスリの姿はなかった。
自らの意思で、あの村に――トーノの側に残ることを選択したのだった。
――さすが私の相棒ね。
火車は微かに笑みを浮かべながらそう思った。
いざという時でも、恐らく精神面でも、大きな支えとなってくれるだろう。
書物の中に答えがないのなら、地道に現地で答えを探すしかない。
民俗学者らしく、足で伝承を追わないと。火車は、更にアクセルを回す。
赤いライダースーツと真っ赤なバイクが、真実を求めてひた走る。
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火車は一ニ三五村が見下ろせる峠の待避所にバイクを停めた。
ヘルメットを脱ぎ、双眼鏡を取り出す。
眼下に広がるのは、朝霧に包まれた寒村の風景だ。
古びた日本家屋。手入れされた畑。どこにでもある、日本の原風景。
だが、その景色には決定的な違和感がある。
「……また来たわね」
火車がレンズ越しに捉えたのは、限界集落には相応しくない大型道路と、それを走る大型トラックの車列だった。
「お仕事ご苦労様……とでも言うべきかしら」
毎日決まった時間に――少なくとも火車が監視を初めてからは――大量の物資が村へと運び込まれている。
二日目頃だっただろうか。トーノと電話がつながった時、彼女は興奮気味に語っていた。
『朝ごはんに大トロが出たんです! 大トロですよ!?』
『夜はA5ランクのシャトーブリアンでした! もう、もう……涙が出そうでした!』
まるで龍宮城のような豪華な食事が、毎日振る舞われているという。
つまりこの村に住む権力者たちが、自分たちの為だけに全国から最高級の食材を取り寄せているということだ。
大型道路を整備し、わざわざこんな辺ぴな村にまで、だ。
それほどの富を持つ者たちが、なぜこのような不便な山奥に引きこもっているのか。
答えは一つ。『金で買えないもの』がここにあるからだ。
不老。永遠の若さ。死からの逃避。
人類が太古から追い求めてきた究極の願いが、この村には実在している。
火車の脳裏に、あの銃を持った男の顔が浮かぶ。
戦争帰りだと口にした、見た目は四十代の男。
彼の存在こそが、不老の実在を証明する動かぬ証拠だろう。
だが――。
火車は百鬼夜行が表紙の手帳を取り出す。
トーノにはセンスが悪いと言われたが、火車はこれ以上ないぐらい気に入っている。
手帳には、これまで疑問に思ったことを乱雑に書き殴っていた。
・不老であって、不死でないのはなぜ?
・なぜ桂太郎は老衰で死んだ? 不老ではなかったのか?
・なぜ【祭】を行う必要がある? それも、十年に一度というペースで。
・なぜ【祭】の成功者だけが不老になれる?
・なぜ【守り事】がある? それが妖怪の持つ『力のルール』?
そして一番大きな文字で、
・【どろどろ様】とはいったいどんな妖怪?
まるで疑問と苛立ちをぶつけるかのように、何重にも丸を書いてあった。
「……これ以上ここを監視しても無意味ね……」
火車は双眼鏡を下ろし、ため息をついた。
【どろどろ様】の正体に繋がるモノ――生贄の動物や、人身御供――が運ばれてくれば分かりやすかったのだが、残念ながら特に収穫はなかった。
外から観察しているだけでは、これ以上の情報は得られそうにない。
「……さて、次は『過去』を探りに行きましょうか」
火車はヘルメットを被り、バイクのエンジンを掛ける。
現在の村が黙して語らないのなら、過去や伝承に語ってもらうとしよう。
彼女はバイクを走らせ、村から更に離れた隣町の図書館へと向かった。
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隣町の図書館は、時代に取り残されたようなコンクリート造りの建物だった。――いや、公民館の一部だけなので、図書館というよりは『図書室』と呼ぶに相応しい小ささである。
平日の午前中ということもあり、利用客は火車一人だけだ。
受付には、ヒマそうに新聞を読んでいる初老の司書がいる。――もしかしたら、司書ですらないのかもしれないが。
火車は静かに郷土資料コーナーへと足を踏み入れた。
棚に並ぶのは、背表紙の色褪せた古い書物ばかり。
『村民広報誌』『民俗伝承集』『明治期土地台帳写』……。
火車は手慣れた様子で必要な資料をピックアップし、机の上に積み上げた。
彼女の美しい指先が、パラパラとページをめくっていく。
それは速読の域を超えていたが、彼女の瞳は確実に必要な情報を捉えていった。
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調査開始から数時間。
火車は積み上げた文献の山を前に、深く溜め息を吐いた。
「……何も見つからない、か……」
机の上に広げられているのは、この地方の風土や伝承をまとめた資料の数々だ。
その中には興味深い伝承――妖怪話も混じっていた。もっとも、マイナーすぎて誰も知らず、語るにしても内容が無さすぎて一つも面白くない妖怪話だが。
それでも、火車にとっては貴重で面白い妖怪話だった。
「まさかここまで徹底しているとは……」
問題は――一ニ三五村に関する情報がどこにも何もないことだ。
どの本を読んでも、どこのページを捲っても、まるでそこだけくり抜かれたかのように存在しない。
村の歴史、成立の経緯、土地の記録――。
そういった公的な記録さえも、ある時期を境にプツリと途絶えている。
「今まで政府が放置していた――いえ、『触れることが出来なかった』のにも頷けるわね……」
一ニ三五村の秘密を隠すために。
【どろどろ様】の正体を隠すために。
そして不老という禁断の果実を独占するために――。
長い年月をかけて徹底的な情報操作が行われてきたのだろう。
その実行力を持つのは、もちろん村に住む権力者たち。
政治家、財閥、華族の末裔。彼らの力があれば、地方の歴史を闇に葬ることなど容易い。
紙媒体に勝る歴史資料はない。だが、それらは全て書き換えられた――あるいは消された――ものばかりだった。
アプローチを変える必要がある。火車は痛感した。
もっと核心に迫るための、決定的なピースが足りない。
それを探すためには――。




