26_【祭】六日目・『腹話術、大事で一番の口』4
「相棒は震える手で自分を構えました。引き金にかかる指の汗、荒い呼吸、心臓の鼓動……すべてが自分に伝わってきました。そして、草むらが大きく揺れ……そこから飛び出してきたのは……!」
わたしは思わずスネコスリを強く抱きしめた。
怖い。妖怪よりももっと現実的で、恐ろしく濃い『死』の気配を感じる。
平八郎さんの口元が、わずかに歪んだ。
演技の仮面が、剥がれ落ちそうになっている。
100年前と今の自分が、混ざり合おうとしている。
「……あの時、自分が撃ったのは――」
突然、言葉が途切れた。
平八郎さんは、何かに気づいたようにハッとなる。
そして大きく息を吸い込み、
「……いや、こんな天気の良い日に湿っぽい話をするものではありませんな」
わざとらしく咳払いをして中断してしまった。
「失敬しました、トーノ女史! 南の島の熱気に当てられたか、少々喋りすぎました! 昔話をするようじゃ、自分も歳をとった証拠ですな! ハッハッハ!」
平八郎さん――もとい、『三十』は大きく笑った。
まるで、まとわりつく過去の亡霊を振り払うように。
130年……。あまりにも長く、重い時間だ。
どれだけ長い時間を過ごそうと、平八郎さんの心はずっと熱帯のジャングルに取り残されたままなのかもしれない。
「……平八郎さん……」
わたしは何も言えなかった。かける言葉が見つからなかった。
『大変でしたね』――なんて、軽すぎて言えない。
「そんな顔をしないで欲しいであります。今の自分は、一ニ三五村の大番……の相棒。それ以上でも、それ以下でもありません」
平八郎さんは、ビシッと敬礼をして去っていった。
大事なモノ。それは、単に好きなモノや高いモノだけじゃない。
その人の人生、その人の魂の一部になっているモノなんだ。
きっと、良い意味でも、悪い意味でも――。
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わたしは、スネコスリと一緒に村の中を散歩する。
目的は特にない。ただ散歩をしたかっただけだ。
「いい天気だニャー」
「わんにゃー」
わたしの腹話術と、本物のスネコスリの鳴き声がハモる。
わたしは、思わず笑ってしまった。
なんだかスネコスリと本当に会話しているみたいだ。
小高い丘にある椅子に座り、村を見下ろす。
古い日本家屋、手入れされた畑、遠くに見える山々――。
何度見ても、ごく普通の村にしか見えない。
だけど実際は、不老を求めて集まった、上級国民たちの隠れ家だ。
正体不明の妖怪を祀って、謎の奇祭を行う奇妙な村。
村人たちも、さぞかし奇妙でおかしな人たちばかりだと思っていた。
だけど――違った。
家族を愛し、大事なモノを慈しみ、美味しいご飯に喜ぶ。
どこにでもいる、普通の人たちばかりだ。
ただ一点、死ぬことを極端に恐れ、不老に執着していることを除けばだが。
不老を得る為に【守り事】を守る。それが【祭】だから。
例え、どんな珍妙で滑稽なモノだったとしても。
でも、その【守り事】を守っている時が一番生き生きしているようにも見えるのは気の所為なのかな……。
遺影を持ったおばさんは、娘と会話している時、とても幸せそうな顔をしていた。
平八郎さんは、『小銃』としてハツラツと喋っている時、昔の自分を取り戻したような顔をしていた。
他の村人たちにしてもそうだ。長く生きすぎて忘れそうになっていた大切な記憶を、楽しそうに思い出している。
この【祭】は、不老を得るための儀式であると同時に、彼らが『自分自身』を保つための儀式なのかもしれない。
過去の栄光、失った家族、あるいは罪の意識――。
そういった重すぎる荷物を、この【祭】という非日常の中で、一時的に下ろしたり、あるいは再確認したりしているんじゃないだろうか。
「……なんてね。考えすぎかニャー」
わたしは苦笑いをした。
所詮わたしは、巻き込まれただけの部外者だ。
彼らの本当の気持ちなんて、分かるはずがない。
でも、分かったこともある。
この村の人たちは、決して『化け物』じゃない。
弱くて、脆くて、寂しがり屋の、普通の人間だ。
「……平和だニャー」
「わんにゃー」
奇妙で、滑稽で、そして少しだけ悲しくて温かい、そんな一日だった――。




