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一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


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23/42

23_【祭】六日目・『腹話術、大事で一番の口』1

******************

【祭】六日目

******************


 昨日の大騒ぎが嘘みたいに、今日はとても静かな朝だった。


 『新人賛美』なんていうわけのわからない【守り事】で、一日中お神こし代わりにされた。

 『わーっしょい! わーっしょい!』という掛け声が、まだ耳の奥に残っている気がする。


 わたしは大きく伸びをして、身体を起こした。

 隣を見ると、スネコスリがわたしの膝にスリスリと頭を擦り付けてくる。


「わんにゃー」

「おはよう、スネコスリ。昨日はいっぱい揺れて疲れたね」

 わたしはスネコスリの頭を撫でる。

 一番の癒やしは、やっぱりこの子だ。


「さてと……今日は何かな?」

 わたしは覚悟を決めて神棚を見上げた。

 毎日変わる【守り事】。今日はどんな理不尽な命令が下されるんだろう?



――『腹話術、大事で一番の口』



「腹話術って……あの腹話術?」

 人形とかを使って、口を動かさずに喋るアレだよね。


 『大事で一番の口』……。つまり、一番大事なモノを使って腹話術をしろってことかな?

 今までとは違って、分かりやすくてシンプルな【守り事】に逆にビックリしてしまった。


 「一番大事なモノ、かぁ……」

 着の身着のままで村に滞在することになっただけに、わたしの荷物なんてほとんどない。

 持っているのは財布とスマホ程度だ。

 どっちも大事だけど、一番かって言われるとしっくりこない。


 今のわたしが一番頼りにしていて、一番心の支えになっているもの……。


 わたしは視線を下に落とす。

 そこには、大きな瞳でわたしを見上げるスネコスリがいた。


「わんにゃ?」

 そうだ。今のわたしにとってスネコスリは、一番頼れる相手で、一番大事な存在だ。


「おいで、スネコスリ」

 わたしはスネコスリを抱き上げた。

 ずっしりとした重み。トクトクという心臓の音。

 スネコスリは嫌がることもなく、わたしの腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしている。


「ねえ、スネコスリ。今日一日、わたしの口になってくれない?」

「わんにゃー」

 スネコスリは、まるで「いいよー」と言っているみたいに鳴いた。……多分だけど。


「よし、ちょっと練習してみよう」

 口元を隠すように、スネコスリを頭の前に抱きかかえる。

 これなら、わたしの口元は見えないハズ。

 あとはスネコスリが喋っているような声を出せばいいんだよね。


「ボクはスネコスリだニャン! よろしくニャン!」

 思い切ってなりきってみたものの……わたしは顔が真っ赤になっていくのを感じた。

 は、恥ずかしい! 二十歳の女子大生がやることじゃないって!


 でも、やるしかない。

 これは生き残るための【守り事】なんだ。

 今さらネコのマネをするくらい、どうってことはない!

 ……そう、自分に言い聞かせることにした。


「よし……行くよ、スネコスリ。今日の主役は貴方よ」

 わたしは深呼吸をして、スネコスリを抱っこしたまま玄関を出た。


 爽やかな風が頬を撫でる。ああ、今日もいい天気だ。

 平和な一日になりそうな予感がする。

 ……この村の『平和』が、普通の意味での平和なら、だけど。


「おはようございます」「ええ、おはようさん」

 すぐそこの道端で、村人同士が挨拶をしていた。


 片方の村人は、大きな壺を抱えていた。

 もう一人は、立派な盆栽を持っていた。


「ずいぶんと立派な盆栽ですね。やはり大事に育てられたのですか?」「ええ、もちろん。そちらこそ良い壺をお持ちで。さぞ名のある銘柄なのでしょうな」

 大事なモノの『口』を通して、お互いに褒め合っているようだ。

 会話に割って入っても大丈夫かな……?


「お、おはようございますニャー」

 わたしはドキドキしながら、スネコスリの右前足をちょこんと動かしてあいさつをしてみた。

 すると、壺のおじいさんと盆栽のおじさんがパッとこちらを向いた。


「おや、トーノさん。おはようございます」「おはようさん」

 二人とも丁寧にあいさつを返してくれた。

 わたしは二重の意味でホッとする。どうやら今日の【守り事】はこれで合っているようだ。


「ところで……どうしてまたネコの鳴き真似などを?」

 盆栽のおじいさんは首を傾げながら尋ねてきた。


「え? いやだって、ネコの口を借りるからにはネコの真似を――」

 説明している途中で気づいた。

 【守り事】には、大事なモノになりきれとは一つも書いていなかったことに。


「ネコに……なりきった方が……いいかなーなんて……」

 顔が熱い。今のわたしはきっと、耳まで真っ赤になっているだろう。


「い、いやいや! トーノさんの心持ちは大事ですよ! きっと【どろどろ様】もお喜びになってらっしゃる!」

 壺のおじいさんは必死になって慰めてくれた。


「そうそう! それに、実に愛らしくて良いではないですか! ワシらも見習わねば! なあ!?」

 盆栽のおじいさんも一生懸命励ましてくれた。


「あ、ありがとうございます……ニャン……」

 ああ……なんてことでしょう……。

 変なキャラ付けをしてしまったせいで、引くに引けなくなってしまった……。


 わたしは今日一日、語尾に『ニャン』をつけるイタイ女子大生として過ごさなければならないのか。……穴があったら入りたい。


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