21_【祭】五日目・『賛美賛美、新人賛美』1
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【祭】五日目
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ぼんやりと目を開けると、そこにあるのはもはや見慣れた古い家の天井だった。
いつも通りの、静かな朝。
でも、目が覚めた瞬間に昨日の夜の記憶がドッと押し寄せてきた。
その瞬間、身体中の血がサッと引いていくのがわかった。
思い……出した。昨日の夜、わたしは――。
スネコスリが入ってきた天井の穴から、『ナニカ』が覗いていたんだ。
ズルリ、ズルリと、湿った音を立てて入ってこようとしていた『アレ』。
生き物としての本能が、ガンガン警報を鳴らしていた。
見ちゃダメ。絶対に見ちゃダメだ。
もし目が合ったら――。
それでも容赦なく、『アレ』はわたしの近くにやって来ようとしていた。
わたしは、わたしは……あまりの怖さに心臓が爆発しそうになって――そこでわたしの記憶は、プツンと切れている。
「……わたし、生きてる……?」
震える手で、自分の顔や首を触ってみる。
あったかいし、柔らかい。
鋭い爪で切り裂かれた跡もないし、食べられた跡もない。
おそるおそる家の中を見渡すと、スネコスリが「わん……にゃー」と気持ちよさそうに寝ていた。
どうやら『アレ』は、家の中までは入ってこなかったみたいだ。
奇跡的に――本当に奇跡としか言いようがないけど、無事朝を迎えることができたんだ。
「はぁ……よかったぁ……」
安心するよりも先に、心臓がバクバクと暴れ出した。
助かった。本当にギリギリだった。
もしあと数秒気絶するのが遅かったら……。
もし怖くて叫んでいたら……。
もし『アレ』と目が合っていたら……。
想像するだけで吐き気がしてくる。
生きた心地がしないって、こういうことを言うんだね……。
布団から出ている指先が、まだカタカタと震えている。
わたしはなんとか布団から出て、部屋の隅にある神棚を見上げる。
昨日は、『見ざる、触れざる』なんていう恐ろしい【守り事】だった。
今日はいったいどうなってしまうんだろう……?
また同じように、身の毛もよだつ【守り事】なのかな。
だとしたら……もう耐えられる自信がないよ。
火車さん、ごめんなさい。わたしの心はもう、折れる寸前です。
もう……これ以上は……。
そして、新しい【守り事】が現れた。
――『賛美賛美、新人賛美』
「……はい?」
変な声が出た。目をこすって、頬っぺたをつねって、もう一度よく見る。
見間違いじゃない。確かにそう書いてある。
なんだか連日同じようなことをしている気がする。
「えっと……さんび、さんび、しんじん、さんび……?」
相変わらず頭に入ってこない日本語だ。
確か賛美って、誰かを「すごい!」って褒めることだよね?
誰が? 誰を? それに新人って――。
……いや、待って。『新人』って言ったら、間違いなくわたしのことだ。
つまり、わたしを褒めろってこと?
わたしでわたしを賛美しろってことなのかな?
この薄暗い部屋で一人、鏡に向かって「私はすごい、私はエライ」って言えばいいのかな?
……なんだか怪しいセミナーみたいでイヤだな……。
「……それともまさか、『賛美』っていうのは隠語なのかな……?」
嫌な予感がした。
背中を冷たいヘビが這い上がってくるみたいだ。
まさか、『新人を生贄に捧げて、神を賛美せよ』っていう意味なんじゃ……?
ありえる。この常識が通じない村なら普通にありえる。
特に、【どろどろ様】を神のように信仰しているこの村なら。
『賛美』をするために、新人を血まみれの台の上に乗せて、そして――。
「うっ……」
思わず口を手で押さえた。
この村の【祭】が行われている間は、もう平和な日なんて訪れないのかもしれない……。
もうこの村から出でいきたい。もう【どろどろ様】なんてどうでもいい。
普通に――帰りたい。
その時だった。
――コンコンコン!
軽快なノックの音が玄関から響いた。
心臓が口から飛び出しそうになった。口を押さえてて良かった。
来た。来てしまった。
昨日は平八郎さんが迎えに来てくれたけど、今日は誰だろう。
いや、誰でもいい。告げられるのはきっと、口に出来ないような『新人賛美』だ。
「トーノさーん! おはようございまーす!」
「……え?」
予想に反して聞こえてきたのは――底抜けに明るい誰かの声だった。
「トーノさーん! いらっしゃいますかー! お迎えにあがりましたよー!」「朝ですよー! 素晴らしい朝ですよー!」
何人かの声がする。しかも、その声は明らかに楽しそうだ。ウキウキしていると言ってもいい。
ここは鳥かごの中で、逃げ場はない。
わたしは、クリスマスに締められる七面鳥の気分になった。
「は、はい……。い、いま、開けます……」
居留守を使ったところで、昨日のように「【祭】が失敗するぞ」って脅されるだけだ。
わたしは覚悟を決め、震える手で玄関を開けた。
「「「おはようございます!!!」」」
満面の笑みを浮かべた村人たちが、そこにいた。
平八郎さんを先頭に、昨日は恐怖に震えていた人たちがまるで別人のようにニコニコしている。
そして手には――大量のクラッカーがあった。
パーン! と一斉に鳴らされ、わたしは驚きのあまり飛び上がった。
「えっ? えっ? な、ななな、なんですか!?」
状況が飲み込めなくて、思わず後ずさる。
あまりの落差に、思考回路がショートしそうだ。
「おめでとうございます、トーノさん! いやあ、素晴らしい! 本当に素晴らしい!」
「す、素晴らしいって、何がですか……?」
わたしはおそるおそる聞いた。まだ警戒心は解けない。
これが『賛美』という名の儀式の始まりかもしれないから。
笑顔で近づいてきて、油断したところを一気に……! なんてよくある話だ。
「昨日の『見ざる、触れざる』を乗り越えるだなんて、いやあ素晴らしい! トーノさんはとんでもない新人だな!」
平八郎さんは、まるで自分の孫が優勝したみたいに大喜びしている。
「そうじゃそうじゃ! わしなんか、昨日はガタガタ震えて一睡もできなかったというのに!」「朝までぐっすりだなんて肝が据わっておるわ!」「さすが【どろどろ様】に選ばれたお方だ! 見込みがある!」
口々にわたしを褒め称える村人たち。
え? な、なにこれ?
昨日、そんなに褒められることをしたかな?
ただ怖くて怖くて、恐怖で震えて、挙句の果てに気絶してただけなのに……。
「さあさあ、今日の【守り事】は『新人賛美』です! 村をあげて新人のトーノさんを盛大にお祝いさせてもらいますよ!」
「えっ、ちょ、ちょっと待ってくださ――」
わたしの言葉も聞かずに、村人たちがドカドカと家に上がり込んでくる。
靴のままじゃないけど、その勢いは完全に誘拐犯だ。
平八郎さんを筆頭に、ガタイのいい男の人たちがわたしの周りを囲んだかと思うと――。
「せーのっ、よいしょー!」
「きゃあああ!?」
いきなり身体が宙に浮いた。
まるでお神こしのようにわたしを担ぎ上げたのだ。
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