18_【祭】三日目・2
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歩みは亀――いや、カタツムリよりも遅い。
村の集会場に近づくと、わたしと同じようにのそり、のそりと村人たちが歩いている。
せめてご飯が冷める前に辿り着きたい。
「ああ! 申し訳ございません! 申し訳ございません!」
突然、悲痛な叫び声が聞こえた。
見ると、畑仕事をしているおばさんが、地面に向かって何度も頭を下げていた。
どうやら土を耕そうとして、誤ってクワが小石に刃が当たってしまったらしい。
「お痛かったでしょう! わたしの不徳の致すところでございます! お許しください、お許しください!」
おばさんは涙ながらに謝罪している。
わたしは――『殿様』なんてことをしたんだ、と思っていた。
時代が時代なら、即刻打首になっていただろうと。
『ごっこ遊び』が、わたしの思想を染め上げていくのに恐怖を感じた。
おばさんは泥だらけの手で『殿様』を拾い上げると、自分の服の袖で丁寧に拭き清めている。
「お怪我はありませんか? ああ、傷が……! わたしは、わたしはなんてことを……!」
おばさんの目には、本気の絶望が浮かんでいた。
演技ではない。おばさんにとって、それは許されざる大罪なのだ。
また別の場所では、おじいさんが道端にある岩に向かって「ははー!」と仰々しく土下座していた。
「殿のご機嫌も麗しく、下々一同、感謝の極みでございます。私たちが平穏に過ごせるのも、殿のお陰でございます」
大河ドラマのような言い回しで、そう『大殿様』に報告をしていた。
「……あれ? あの人って……?」
そのおじいさんの顔を見て、わたしは息を呑んだ。
ニュースや経済誌で何度も見たことがある。
このおじいさんは……五菱重工の元社長だ。
日本の重工業を牽引してきた偉人。
そんなに偉い人が、『大殿様』――ううん、ただの岩に向かって土下座している。
社会的地位も、名誉も、財産も全て持っている大人たちが、石ころ一つにペコペコと頭を下げている。
【どろどろ様】の決めた、たった一つの【守り事】だけで――。
おかしい。異常だ。
この村の常識は、何もかもが歪んでいる。
「あら、トーノさん。ごきげんよう」
声をかけられ、わたしはビクリと肩を震わせた。
振り返ると、昨日美味しい朝食を勧めてくれたおばあさんが立っていた。
確か、元華族出身の上品な方だ。
おばあの手には赤と金色の刺繍が施された、それはそれは豪華な座布団があった。
そしてその上には、ピカピカに光る丸い石がちょこんと座っていた。
「おはようございます。えっと、その石は……?」
「これですか? 道端で寒そうにしていたもので。我が家にお招きして、こたつに入れて差し上げようかと」
石を、こたつに、招待する。
また日本語なのに、日本語として理解できない文章が出てきた。
石は寒さを感じるのかな? こたつに入って「ああ、極楽極楽」って言ったりするのかな?
「若いのに感心ね。ちゃんと『お殿様』を避けて歩いていらっしゃる」
おばあさんはニコニコと笑いながらわたしの足元を見た。
「は、はい。踏んづけたらバチが当たりそうで」
「ええ、そうよ。バチが当たるの。【どろどろ様】はちゃんと見ているわよ」
おばあさんはニコニコと笑ったまま、わたしの頭を撫でてくれた。
「さあ殿、温まりましょうね。みかんも剥きましょうか。ああ、殿は皮ごと召し上がりますか?」
そう、石に話しかけながら去っていった。
その後ろ姿は、まるで孫をあやす祖母のようだ。
抱いているのが赤ん坊ではなく、石であることを除けば、だけど……。
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やっとのことで集会所に着くと、そこは石と人間の奇妙なパーティー会場となっていた。
漬物石、庭石、ただの小石――。
テーブルの上には、豪華絢爛な料理と共に大小様々な『殿様』が置かれていた。
「殿、どうぞ召し上がれ」「うむ、殿も満足そうだ」「こちらの南蛮飯は絶品でございますぞ」
村人たちは『殿様』にお酒を捧げ、料理を勧めている。
中には「『殿様』が口にするまで私も食べません」、と言っている人も居た。
……それって一生食べられないよね……。
平八郎さんは自分の隣に置いた大きな石に、甲斐甲斐しくお酌をしていた。
石の表面にお酒がかかり、濡れて黒く変色する。
「はっはっは! 殿、もう酔われたのですかい!?」
どうやらそれで赤面しているという認識らしい。
……ま、まあ……酔っ払って電柱に話しかけている人が居るぐらいだし……。
周りばかり見てないで、わたしも朝ごはんを食べないと。
わたしは椅子に座って、まだ温かいパエリアを手に取る。
ふと見ると、わたしの目の前にも握り拳ほどの石が――いや、『殿様』が居た。
これは……わたしがお相手しろってことなのかな……?
「こ、このようなご馳走を用意していただき、ありがとうございます……殿」
わたしは『殿様』に一礼し、
「い、いただきます……殿」
やっとのことでパエリアを口にした。
絶対に美味しかったであろうパエリアは、なんだか石の味がするような気がした。
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夜、やっとのことで『ごっこ遊び』が終わる。
なんだかんだで一番辛かったのは、お風呂の時間だったかもしれない。
『殿様』の相手をするべく、一緒のお風呂に入り、背中(?)を流して、それからタオルで全身を拭いて差し上げる……。
思考が、価値観が、正気が――全ておかしくなりそうだった。
布団に倒れ込み、スネコスリを抱きしめる。
「わんにゃ?」
ああ……なんてフワフワでモコモコなんだろう。
温かい毛並みに顔を埋め、思いっきり吸う。
ああ……有機物様最高。
石を殿様に見立てたように、もしスネコスリを火車さんに見立てたら――。
「わんにゃるるぅ……」
なんとも奇妙な――どことなく怪しんでいるような――声を上げ、スネコスリはわたしから離れていく。
「ごめん、ごめん。もうしないから。だから一緒に寝よ、ね?」
わたしは強引にスネコスリを抱きしめる。
冷たい石と違って、体温があるってこんなにも安心するんだ……。
そして、そのまま眠りについた。
夢の中で、巨大な漬物石に追いかけ回されるとも知らずに――。
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