表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/24

18_【祭】三日目・2


 ※---------※



 歩みは亀――いや、カタツムリよりも遅い。

 村の集会場に近づくと、わたしと同じようにのそり、のそりと村人たちが歩いている。

 せめてご飯が冷める前に辿り着きたい。


「ああ! 申し訳ございません! 申し訳ございません!」

 突然、悲痛な叫び声が聞こえた。

 見ると、畑仕事をしているおばさんが、地面に向かって何度も頭を下げていた。

 どうやら土を耕そうとして、誤ってクワが小石に刃が当たってしまったらしい。


「お痛かったでしょう! わたしの不徳の致すところでございます! お許しください、お許しください!」

 おばさんは涙ながらに謝罪している。


 わたしは――『殿様』なんてことをしたんだ、と思っていた。

 時代が時代なら、即刻打首になっていただろうと。

 『ごっこ遊び』が、わたしの思想を染め上げていくのに恐怖を感じた。


 おばさんは泥だらけの手で『殿様』を拾い上げると、自分の服の袖で丁寧に拭き清めている。

「お怪我はありませんか? ああ、傷が……! わたしは、わたしはなんてことを……!」

 おばさんの目には、本気の絶望が浮かんでいた。

 演技ではない。おばさんにとって、それは許されざる大罪なのだ。


 また別の場所では、おじいさんが道端にある岩に向かって「ははー!」と仰々しく土下座していた。

「殿のご機嫌も麗しく、下々一同、感謝の極みでございます。私たちが平穏に過ごせるのも、殿のお陰でございます」

 大河ドラマのような言い回しで、そう『大殿様』に報告をしていた。


「……あれ? あの人って……?」

 そのおじいさんの顔を見て、わたしは息を呑んだ。


 ニュースや経済誌で何度も見たことがある。

 このおじいさんは……五菱重工の元社長だ。

 日本の重工業を牽引してきた偉人。

 そんなに偉い人が、『大殿様』――ううん、ただの岩に向かって土下座している。


 社会的地位も、名誉も、財産も全て持っている大人たちが、石ころ一つにペコペコと頭を下げている。

 【どろどろ様】の決めた、たった一つの【守り事】だけで――。


 おかしい。異常だ。

 この村の常識は、何もかもが歪んでいる。


「あら、トーノさん。ごきげんよう」

 声をかけられ、わたしはビクリと肩を震わせた。

 振り返ると、昨日美味しい朝食を勧めてくれたおばあさんが立っていた。

 確か、元華族出身の上品な方だ。


 おばあの手には赤と金色の刺繍が施された、それはそれは豪華な座布団があった。

 そしてその上には、ピカピカに光る丸い石がちょこんと座っていた。


「おはようございます。えっと、その石は……?」

「これですか? 道端で寒そうにしていたもので。我が家にお招きして、こたつに入れて差し上げようかと」


 石を、こたつに、招待する。

 また日本語なのに、日本語として理解できない文章が出てきた。

 石は寒さを感じるのかな? こたつに入って「ああ、極楽極楽」って言ったりするのかな?


「若いのに感心ね。ちゃんと『お殿様』を避けて歩いていらっしゃる」

 おばあさんはニコニコと笑いながらわたしの足元を見た。


「は、はい。踏んづけたらバチが当たりそうで」

「ええ、そうよ。バチが当たるの。【どろどろ様】はちゃんと見ているわよ」

 おばあさんはニコニコと笑ったまま、わたしの頭を撫でてくれた。


「さあ殿、温まりましょうね。みかんも剥きましょうか。ああ、殿は皮ごと召し上がりますか?」

 そう、石に話しかけながら去っていった。

 その後ろ姿は、まるで孫をあやす祖母のようだ。

 抱いているのが赤ん坊ではなく、石であることを除けば、だけど……。



 ※----------※


 やっとのことで集会所に着くと、そこは石と人間の奇妙なパーティー会場となっていた。

 漬物石、庭石、ただの小石――。

 テーブルの上には、豪華絢爛な料理と共に大小様々な『殿様』が置かれていた。


「殿、どうぞ召し上がれ」「うむ、殿も満足そうだ」「こちらの南蛮飯は絶品でございますぞ」

 村人たちは『殿様』にお酒を捧げ、料理を勧めている。

 中には「『殿様』が口にするまで私も食べません」、と言っている人も居た。

 ……それって一生食べられないよね……。


 平八郎さんは自分の隣に置いた大きな石に、甲斐甲斐しくお酌をしていた。

 石の表面にお酒がかかり、濡れて黒く変色する。


「はっはっは! 殿、もう酔われたのですかい!?」

 どうやらそれで赤面しているという認識らしい。

 ……ま、まあ……酔っ払って電柱に話しかけている人が居るぐらいだし……。


 周りばかり見てないで、わたしも朝ごはんを食べないと。

 わたしは椅子に座って、まだ温かいパエリアを手に取る。


 ふと見ると、わたしの目の前にも握り拳ほどの石が――いや、『殿様』が居た。

 これは……わたしがお相手しろってことなのかな……?


「こ、このようなご馳走を用意していただき、ありがとうございます……殿」

 わたしは『殿様』に一礼し、

「い、いただきます……殿」

 やっとのことでパエリアを口にした。


 絶対に美味しかったであろうパエリアは、なんだか石の味がするような気がした。



 ※--------------※



 夜、やっとのことで『ごっこ遊び』が終わる。


 なんだかんだで一番辛かったのは、お風呂の時間だったかもしれない。

 『殿様』の相手をするべく、一緒のお風呂に入り、背中(?)を流して、それからタオルで全身を拭いて差し上げる……。

 思考が、価値観が、正気が――全ておかしくなりそうだった。


 布団に倒れ込み、スネコスリを抱きしめる。

「わんにゃ?」

 ああ……なんてフワフワでモコモコなんだろう。

 温かい毛並みに顔を埋め、思いっきり吸う。

 ああ……有機物様最高。


 石を殿様に見立てたように、もしスネコスリを火車さんに見立てたら――。

「わんにゃるるぅ……」

 なんとも奇妙な――どことなく怪しんでいるような――声を上げ、スネコスリはわたしから離れていく。


「ごめん、ごめん。もうしないから。だから一緒に寝よ、ね?」

 わたしは強引にスネコスリを抱きしめる。

 冷たい石と違って、体温があるってこんなにも安心するんだ……。

 そして、そのまま眠りについた。


 夢の中で、巨大な漬物石に追いかけ回されるとも知らずに――。



読んでいただきありがとうございます!少しでも楽しんでいただけたら、下部の☆☆☆☆☆から評価をお願いできると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ