17_【祭】三日目・1
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【祭】三日目
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――小鳥のさえずりが聞こえる。なんて爽やかな朝なんだろう。
都会の喧騒とは無縁の、透き通った空気が障子の隙間から忍び込み、頬を優しく撫でていく。
わたしは高級羽毛布団の極上の感触に包まれながら、ゆっくりと起き上がる。
まるで雲の上で眠っていたかのような浮遊感。
身体の節々の痛みも、精神的な疲れも、この布団がすべて吸い取ってくれたかのようだ。
「んん〜……よく寝たぁ……」
大きく伸びをすると、全身の骨がポキポキと小気味よい音を立てた。
隣を見ると、大きな毛玉――スネコスリがわたしのお腹を枕にして安らかな寝息をたてていた。
「わんにゃ~……わんにゃ~……」
相変わらずネコなのか犬なのか分からない鳴き声だ。
わたしが【祭】に参加しているという事実さえなければ、ほがらかで平凡な、とても気持ちの良い朝なのになぁ……。
けれど、現実は甘くない。わたしは、恐る恐る神棚を見上げた。
昨日までの『歩く時、けんけんぱ』という文字はキレイに消え、代わりに新たな文字が浮かび上がる。
――『無機物万歳、石は殿様』。
「……はい?」
思わず目をこすり、再確認する。
――『無機物万歳、石は殿様』。
夢でもないし、見間違えでもないようだ。
「……なにこれ? どういう意味なのかな……?」
無機物万歳? 石は殿様?
日本語なのに、日本語として認識できない文章なんて初めてかも……。
「……とりあえず、顔を洗っちゃおうっと」
布団から抜け出し、着替えを済ませる。
ちなみに用意してもらったパジャマも、流行りを押さえたセンスの良い服も、新しく用意してもらったものだ。
高級ブランドのタグがついているが、なんだか怖くて確認できなかった。
きっとこれも、わたしが普段使いしている何十倍の値段なんだろうなぁ……。
それはそうと、今日の朝ごはんは何かな?
昨日の夕食に出た松阪牛のすき焼きは本当に絶品だった。
締めのうどんを朝ごはんに食べたいけど、出るわけがないよね。
冷たい水で顔を洗うと、気が引き締まるのを感じた。
よし、大丈夫。今日も一日、なんとか頑張ってやり過ごそう。
「行ってくるね」
まだ寝ているスネコスリにそう告げ、わたしは玄関に向かった。
けん、けん――。
「ああ、違う。これはもういいんだった」
昨日のがもう習慣になってしまったのか、わたしはまた「けんけんぱ」を一日やろうとしていた。
そう、【守り事】は毎日リセットされる。それもちゃんと覚えておかないと。
わたしはただ普通に歩く。それだけでなんだか感動した。
玄関を開け、一歩踏み出そうとした時――。
「……あっ……!」
右足が空中で凍りついた。
踏み降ろそうとした先には、小さな小さな小石が。
今日の【守り事】は、『無機物万歳、石は殿様』。なら――。
「つまり、石は踏んでダメってこと……?」
無数の『殿様』たちを見て、冷や汗が伝うのを感じた。
大小様々な形をした、灰色や茶色の『殿様』たち。
彼らは玄関先から道路、村の至る所まで点在している。
わたしはふと、子どもの頃に遊んだ『白線歩き』を思い出した。
やっと分かってきた。今回の【守り事】は――。
「おや、トーノさん。おはようございます」
この声は平八郎さんだ。わたしは顔を上げると……なぜか平八郎さんは地面に座り込んでいた。
正確に言うと、正座をし、両手を前につき、額が地面につきそうなほど深々と頭を下げている。
そしてその前に、大きな漬物石が一つ置かれていた。
「ははーっ! 殿! 本日も見目麗しいお姿でありますな!」
わたしは、あんぐりと口を開けたまま声を失う。
ふざけているわけでも、演じているわけでもない。
心からの敬意を、その漬物石に捧げている。
その背中は、まるで忠義を尽くす武士のようだ。
平八郎さんはゆっくりと顔を上げると、わたしの方を見てニコリと笑った。
その笑顔は、なんというか……底知れなく不気味だった。
「無機物万歳! ……ほれ、今日は無機物様が主役の日だ。あいさつを欠かすとバチが当たるぞ」
「え? あ、は、はい……」
バチが当たる。この村でその言葉を聞くと、単なる迷信に聞こえない。
漬物石様にあいさつしようとすると、玄関のすぐ脇に、拳大の石ころが落ちているのに気づいた。
少し泥を被った、どこにでもある変哲もない石ころだ。
昨日までなら、足で蹴飛ばしても何も思わなかっただろう。――でも、今日は違う。
今日、この村において、この『石たち』は世界中の誰よりも偉いのだ。
わたしはその場に正座をし、両手を地面につける。
「お、おはようございます……殿」
石にあいさつをする。二十歳の女子大生が、真顔で。
わたしの中の『何か』が、欠け落ちていく気がした。
だけど、石は何も答えない。当然だ。
でも今のわたしには、「うむ」という偉そうな返事すら聞こえてくるようだ。
今日の【守り事】は『石踏まず』かと思ったけど、平八郎さんを見るに、それ以上のことをしなければならないのかな……?
……分かった! 石を殿様に見立てた、『ごっこ遊び』なんだ!
それも、凄く偉い大人たちが、村人全員で行う本気の『ごっこ遊び』。
なんというか……深く考えたら負けな気がしてきた。
わたしは気を取り直して立ち上がり、どうやって集会所まで移動しようか悩んだ。
『殿様』を踏むわけにはいかない。絶対に。
幸い、漬物石のような大きな『大殿様』は簡単に避けて通れる。
問題は、あちこちに点在する『小殿様』たち――つまり小石たちだ。
わたしは目を凝らして歩く。
一歩一歩、足元に石がないことを確認しながら。
『殿様』たちの間を、慎重に慎重にくぐり抜けていく。
「殿、失礼いたします……。殿、頭上を通過することをお許しください……」
わたしは、そんな言葉を自然と口にしていた。
いつの間にか、本気の『ごっこ遊び』に呑まれていた――。
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