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一ニ三五村のどろどろ様~火車女教授の現代妖怪譚~  作者: 綺村 亮介


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16/22

16_火車の調査録・1

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火車の調査録・【祭】二日目の頃

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――一ニ三五村で【祭】二日目を迎えていた日、火車は自宅でフィールドワークの準備を進めていた。


いくら専門書やネットを開いても、【どろどろ様】に関する情報は得られない。

ならば、地元民に話を――あの村に入れないならその近辺で――調査をするしかない。


 火車は、自分が妖怪事に遭うのを覚悟していた。――いや、むしろ望んですらいる。

 だが、助手であるトーノだけが巻き込まれるとは思ってもみなかった。


火車はすぐさま政府に助けを――求めなかった。

 立場や政治的な理由ではない。逆にトーノを、危険にさらしてしまう可能性が高いからだ。


 今トーノは、妖怪のテリトリーに囚われている。――いや、選ばれている。

多くの怪談や昔話がそうであるように、褒美がある妖怪には一定の『ルール』が存在する。


気に入った家に住み、富をもたらす座敷わらし。

その子どもを大事に育てれば願いが叶う、竜宮童子。


 【どろどろ様】の場合は、【祭】に参加していることが強く関係しているだろう。

つまり……無理矢理助け出せば、トーノに何が起こるか分からない。

ただそれも、妖怪の正体が分かるまでだ。


実のところ、不老に関する妖怪は、不思議な事にとても少ない。

人魚の肉は誰しもが知っているが、他となると全く出てこない。

あるにはあるが、詳細不明なものが大半だ。


 アプローチを変える必要がある。火車はそう強く感じだ。

民俗学はフィールドワークから。だからこそ、準備を進めているのだった。


 愛車のバイク――ファイヤーブレード・サイドカーカスタムのキーを取り、出かけようとしたその時――。

 電話が鳴った。番号は……非通知。今となっては、誰からなのかが分かる。


「トーノ、そっちは大丈――」

「火車さぁぁぁーーーん!」

電話の向こうでメソメソと泣いているのが手に取るように分かる。


「あのですね、あのですね! 聞いて下さいよぉぉぉーーー!」

 音割れする程の大声。よほど溜まっているものがあるのだろう。

 たった二日でこんなになるなんて……。火車は申し訳なさと不安でいっぱいになった。



 ※----------※



「――なるほど、それは大変ね……」

 新たに更新された【守り事】――『歩く時、けんけんぱ』がいかに大変かを話された。


 食事を運ぶ時もけんけんぱだから、汁ものが盛大にこぼれる。

 何をするにもけんけんぱだから、とにかく疲れる。

 特に急な坂道でのけんけんぱは、死ぬかと思ったそうだ。


 もちろん村の様子や秘密の一端なども話してくれたが、一番言いたかったのは――ようはグチなのだろう――これだったそうだ。


「聞いた限りだと、毎日【守り事】が更新されていくのね。……うん、良かったじゃない」

「な、なにがですか?」

「もし毎日一個ずつ、新しいの追加だったらもっと大変だったわよ」

「いやぁー! そんなの考えたくもないです!!」


「ねえトーノ。【祭】について、他にも何か聞いていないかしら?」

「他にもですか? ……そう言えばこの【祭】は、正式には【ミソカサイ】って呼ぶらしいです」


「ミソカ? 漢字はどう書くの?」

「確か……数字の三と十。あとは普通に祭りですね」


「そう、【三十祭みそかさい】……ね。安心しなさい、トーノ。どうやら【守り事】は少なくて済みそうよ」

「へ? どういうことですか?」


「祭りの名前は、祭りの内容をそのまま表現する事が通例よ。三十みそかは、おそらく【祭】の期間――つまり、三十日間の祭り、ということね」

「なるほど! さすが火車さんです!」


「ようやく全容が見えてきたわね。毎日新しく更新される【守り事】を守りながら三十日間過ごす。それが一ニ三五村で行われている【祭】よ」

 何もかも正体不明のモノが、少しずつ明かされていく。

これはきっと、【どろどろ様】の正体に繋がる大きな一歩となるだろう。


「大学やご家族には、長期のフィールドワークで滞在している、と説明してあるわ。頑張りなさい、トーノ。妖怪の正体が分かり次第、私も駆けつけるから」

「はい! 頑張りま――!」


 プツリと、途中で切れてしまった。恐らくテレカの残数がなくなってしまったのだろう。

 トーノの元気そうな声を聞いて、火車はとりあえず一安心する。

 だが火車には、危惧していることがあった。不安にさせないよう、あえて口に出さなかったが――。


 濡れ女子は、笑い返した者に一生つきまとう。

 見越し入道は、正体を見抜けなければ死んでしまう。

 送り狼は、夜道で転んだ者を食い殺す――。


 妖怪のルールに失敗した場合、悲惨な結末を迎えることが多い。

 だが逆に言えば、圧倒的で不可思議な力を持っているのに、ルールさえ破らなければ危害を加えることはないと断言できる。


 妖怪を知るということは、力のルールを知るということ。

 力のルールを知るということは、対妖怪への唯一にして最高の防衛手段だ。


「急がないとね」

 火車は最低限の身支度を済ませ、急いで部屋を出た。



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