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51 黎明—申と戌

 黎明社と禍狩の職員達が、広場へ続々と集まりはじめた。影倚の作戦通りである。影倚は上空から地上の様子を確認しながら、山の木々が痙攣するように樹冠をざわざわと震わせている異変に気付いた。


 阿蝉山全域に散らばっていた悪穢が、輪のような波となって広場へと押し寄せている。一番近い場所にある、生命力に(みなぎ)る魂を求めて、禍身達が集まって来たのだ。


 蟻の大群のような禍身の群衆を見下ろして、想定していたよりも数が多い事に辟易としてしまう。赤い彗星状で結構な数を減らしたと思っていたが、予め釈神が潜伏させていた元信者の禍身や、転移枠によって解き放たれた禍身の流入が想定を覆したのだ。


 広場は、あっという間に混戦状態に陥った。血飛沫や切断された身体部分の他に、剣戟や銃声、そして罵詈雑言が飛び交っている。


「あっぶなっ! ちょ、拙者ごと斬ろうとするじゃないでござるよバカワンコ!」「お前が間合いに入って来たんだろうがボケのデブザル!」


「こらぁッ、三つ子! 禍身への攻撃に乗じてオレにちっちゃいダメージ来るようにするな!」「ご」「め」「ん」「「「ねー(笑)」」」


「殺す殺す殺す。お前だけは絶対に殺してやるわよ腐った猿!」「お姉さんと寝た事、まだ怒ってんの? 言ってんじゃん、アンタの姉妹だとは知らなかったんだって」


「「こんな時まで喧嘩してんじゃねえよ‼」」


 黎明社と禍狩の常識人に分類される職員達が怒鳴り付けるも、喧騒は収まらない。


 影倚は苦笑した。


「ま、下の禍身の方は大丈夫そうだね」

「ったりめーだ。ウチの隊員共は、こんな雑魚共に捻られるような柔ッちょろく育ててねえんだよ」


 明空は空中に着地しながら言った。二人は隣並びに、切断と破壊したはずの腕を再生させた巨人の禍身と対峙する。


「頭部の破壊か首ちょんぱじゃないと死なないのかな。ちゃんと殺さないと再生し続けちゃうよね」

「だろうな。さっきは不意を突いた攻撃だったからなァ。真正面から戦るとなると、ちょっと面倒だ」

「禍狩の精鋭ばかりを集めた第一部隊の隊長サマが尻込みしてんの?」

「ハッ。馬鹿言ってんじゃねえよ……あ?」

「ん?」


 巨人の禍身は四つの掌に闇を出現させると、それを握り潰した。指の隙間から溢れた闇は変容してゆき、刀、棍棒、鎌、短槍へと化した。


 咆哮を上げる。杭のような鋭い牙の奥の闇が見えた。


「あーら、玩具使えるの……こりゃ、確かに面倒臭い」


 影倚はへにょりと口角を下げて項垂れた。弦を弾く。影倚の両側から白い光の矢が飛び出し、笑みの巨人の目へと弾丸の速さで向かった。

 だが。


「ありゃ――結界」


 矢は睫毛の下で弾かれて消失した。しかし、影倚も明空も過剰に驚く事はなかった。


「そりゃ、甲一級だぞ。覚えさせようとすりゃあ覚えるもんだ。まずは、あの結界を破壊しねえとだな」

「それやんの、自分だよね」

「ッたり前だろ」

「ハァ~、だっる、マジで。デカくてごついのぶち込まなきゃじゃん。準備すんのにも時間かかるし、(ちょー)疲れるんだけど。え~ん、社長早く来てくんないかなぁ~」

「うるせぇ。くよくよすんな、さっさと始めろ」

「ぐぁ~~~。帰ったらまだ仕事残ってんのにぃ~~~。明空クン、ちゃぁんと殺しちゃってよ?」

「誰にモノ言ってんだ?」


 強制された笑みではない、勝気な笑みで明空は言った。


 影倚は心底面倒臭そうに巨人の腕と武器が届かないであろうと推測した位置まで後退し、肩を回した後弓を構えた。


「――【眷能(けんのう)解放】」


 口ずさむは破壊の宣告。


 影倚が渾身の一撃の為の準備に取り掛かったのを確認した明空は、これから無防備にならざるを得ない影倚の防衛戦に臨んだ。


 防御戦というも、迎撃を指すものではない。明空の場合、防御も攻撃も、すべからく猛攻だ。


 一直線に空中を駆ける。その姿は犬というよりも燕を想起させる。巨人の禍身の懐に飛び込むと、結界で足場を作って無秩序に跳ねて捕まえる隙を与えないよう移動する。


 右上手首、左膝、左脇腹、腰、そしてうなじへ――。


 しかし、結界は身体全域を守るように覆っている為、一撃も入らない。


「チッ。やっぱ、通常攻撃だけで突破できるワケねえよな。オレも異能を使わねえと」


 巨人の禍身は百メートルの一歩を踏み出し、短槍を突き出した。(きっさき)は明空へ――ではなく、影倚を狙って宙を貫く。


 影倚は一歩も動かず、避ける気配もない。意識は槍ではなく、技の完成へと一心に集中している。


 槍の鋩が、錬術されて矢の形を成した(やじり)を砕き、術者を縦に両断しようと残り一メートルの距離に迫った。


 しかし、鋩は血に染まることも無く、唐突かつ急速に後退していく。巨人の禍身の身体は、浮き上がって山を滑り落ちていく。目に見えぬ強力な圧力に、突如として巻かれて振り飛ばされたのだ。


 それが何か、生前の記憶を頼りに受けた感覚の正体を探る。


 それは、風――嵐に荒ぶ旋風の如き、重く激しい風だった。


「おい、お前ら大丈夫かァ?」


 明空は地上へと声を張った。コロコロと人も禍身も転がっている。血溜まりや肉片に飛び込んでしまった者達は、真っ赤な顔で負けじと声を張り上げた。


「隊長! 精神面が駄目です!」「クリーニング代は禍狩に請求していいですかね!? いいですよね!?」「ぺっぺっぺっぺっぺっ」「口に入った?」「ぺっ」

「大丈夫そうだな」


 巨人の禍身は立ち上がった。明空を睨む怒りの顔が、もっと凶悪に歪んだ。歯ぎしりをして不快な音を立て、縦横無尽に武器を振るう。癇癪を起こした子供のようだと、明空は嘲った。


 肩越しに影倚を振り返る。そして、そろそろか、と確信する。


 影倚が異能を練って造り出した一本の矢は、黎明に昇る銀の太陽の光を放っていた。自分との戦闘において、異能を幾度も行使していたにも関わらず、大規模な破壊の気配を帯びた美しい矢を造り出せるそのタフさと、影倚に異能を分け与えた人物の強大さには、正直感心してしまう。自分の中から異能を捻出したのだろう。表情は疲労で青褪め、鼻筋に汗が伝っている。それ程までに異能を発揮した、これから放たれる最大出力の力は、確実に甲一級が張る強固な結界を打ち砕くという確信があった。


「おい、デカブツ」


 明空は空中から更なる天空へと跳躍した。大太刀を振り上げ、巨人の禍身を見下ろした。


「オレを見下ろしてんじゃねえ」


 大太刀を振り下ろす。巨人の禍身は刀で受け止めたものの、力負けして腕を下げた、慌てて残りの三本腕を組んで、ようやく力が拮抗した。発生した強力な風圧が、地上に固定されていないモノを吹き飛ばした。禍身も禍狩も、黎明社もである。


「まただ!」「人をコロコロと!」「転がる俺等がそんなに可愛いか⁉」「ぺっぺ! ぺっぺ!!」「後で口ゆすごうな」


 明空は身長一六五センチと小柄だ。しかし、その衝力は驚異的なものである。日常生活の中でも、少し肩が当たっただけで相手が回転しながら遠くまで吹っ飛ぶ程だ。表の異名は「轟嵐」。陰の異名は「接触危険人物」と珍妙なもので、本人もこの事を把握しており、耳に入れる度に青筋を浮き上がらせて笑っている。


 次の一撃を与えようと、明空は刃を浮かせた。その瞬間、巨人の禍身は刀を垂直に近い角度で斬り上げる。今度は明空が攻撃を受け止める。強力な衝撃を受け流す為、ほとんど刃を振らずに刃を合わせ、明空は打ち上がった。


 空中で体勢を変え、逆さまに。結界で足場を作り膝を曲げる。


「――九咎(くとが)


 干戈の名を唱えれば、刀身に暴風が纏わりついた。空気を捩じるような風は、徐々に暴風域を縮小させてゆき、鞘程の細さで高速回転して灰色に見える。

 巨人の禍身も強大な力を感じ取ったのか、瘡蓋のような結界をドームのように展開させて、その中に閉じこもった。


「ハッ。奴の眷能を防ぐには、お前じゃァちょっと、甲一級の中の序列が低かったな」


 眷能。それは、眷属が主人から分け賜った異能。


 支塚影倚の主人は神志名白呂である。そして、彼女の異能は爆発。


 白呂の眷属である影倚が賜った異能もまた――爆発だ。


「砕けろ」


 キン、と、弦音が鳴る。風を切る甲高い音は、猛禽類の鋭い威嚇の鳴声や、打ち上げ花火の笛の音を思わせる。彗星の如く軌道に光を散らしながら飛ぶ矢は、巨人の禍身の結界に当たると無数の大爆発を起こした。


 空気に衝撃波の波が幾重にも生じた。木々がしなり葉が豪雪のように舞い、川の水が吹き飛ばされ濡れた川底が残り、土が飛沫のように振りかかった。


 白い煙が吹雪き、明空はその中へと突っ込んだ。刃に纏う風の異能は煙を掃い、人間らしい驚愕の表情をしている巨人の禍身の表情を露わにした。

 影倚の一矢は、巨人の禍身の武器を粉砕していた。残骸が投げつけられるも、それを明空は躍るように躱し、足元の結界を蹴って一気に距離を詰める。


「あばよ」


 ニヒルに笑い、大太刀を横一線に振り切る。凝縮された風の渦が放たれ、巨人の禍身の喉に触れた瞬間、肉が風に巻き込まれて、二つの首ががくんと折れ下がった。そして、()ねて、落ちる。


 沈黙は刹那。瞬く間に巨人の禍身の遺体は血の水疱を膨らませ破裂した。血の膜が広範囲に亘って降り注ぎ、気温と湿度が急激に上昇する。


 結界で防御した明空は、空中から姿を消した影倚の気配を追って地上へと下りる。


 木の葉先から滴る血。赤い木漏れ日の差す拓けた場所に、巨大な女が項垂れるように座り込んでいる。


 影倚の干戈、そして、荒御魂――羅門。


 彼女は掌を椀のように丸めて、その中を覗き込んでいる。長い黒髪は血で濡れてもなお、濡れ鴉色の美しさを保っていた。


 これ以上、羅門に接近する事は危険だと知る明空は立ち止って声をかけた。


「おい、支塚。今回のこの祓除は、オレの手柄って事で良いよな?」


 少しの沈黙の後、呻くように影倚は言った。


「んなわけないでしょ、チビ」


 影倚は右腕を伸ばして、中指を立てた。

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