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第4話

奴は肝心のデートに「○○へ行く」と言うような連絡は一切してこなかった。普通に街を歩くようなデートだったとしたら、嵩張るドレスなど着ても仕方ないし、逆に観劇に行ってレストランでフルコースを食べるようなデートだったらドレスコードは必須だ。悩みに悩んだが、奴の性格からして格式ばったデートには誘わないだろうと判断してちょっと可愛い感じの水色のワンピースを選んだ。一応当日に奴が告げるデートコースによってはすぐに着替えられるようにピンク色のドレスも準備しておいた。


「なんだかアリシア様そわそわしてますね。楽しみですか?」


雇った侍女のウェンディが笑顔で私に語り掛けてきた。


「そ、そんなわけないだろ!」


慌てて言うとくすくす笑われた。奴とのデートが楽しみなんて…そんなわけない。


「あ、いらっしゃったみたいですよ。」


やつは平民風の服を着て徒歩でうちに来た。やっぱり格式ばったデートコースではないようだ、とちょっとほっとした。


「先輩!今日も可愛いっすね!地獄勤務も私服だったらよかったのに。」

「お前な、どこに行くかくらい事前に伝えろ。手紙を書く癖を付けろ。何を着ていくか迷っただろ。」

「す、すいません…」

「ほら、今日はどこに連れてってくれるんだ?」

「まずはですねえ…」


菓子屋で焼き菓子を大量購入した。


「そんなに食うのか?太るぞ?」

「僕の分じゃないっす。差し入れっす。」


そう言いながらニコルに連れてこられたところは孤児院だった。


「あ、お兄ちゃんだ!」


目敏くニコルを見つけた子供たちが寄ってくる。


「今日のお土産なーに?」

「一緒にあそぼー!」

「となりのおねーさんだーれ?」


ちんまい子供たちに群がられている。


「今日のお土産はお菓子だよ。こっちのお姉さんはお兄ちゃんの好きな人。院長先生に挨拶したらみんなで遊ぼうね。」


ニコルが子供たちの頭を優しく撫でて笑った。その笑い方は慈愛に満ちているというか…こいつこんな顔もするのか…


「ここは僕が寄付してる孤児院の一つなんっす。」


一つ…と言うことはこいつは複数の孤児院に寄付をしているようだ。


「なんでデートで孤児院?」

「先輩、子供好きじゃないっすか。」

「はあ?」

「閻魔様の隣で控えてるとき、天国行きの子供と目が合うといつも優しく笑って手を振ってるっす。」

「……。」


くそっ。頬があちぃ。


「それは幻覚だ、早く忘れろ。」

「あんな優しそうで可愛い笑顔忘れらんないっす。」


なんてことを話している間に院長室についた。ニコルがノックをした。


「はい。」

「ニコルです。入って大丈夫ですか?」


扉が開いた。院長先生は痩せて小柄の感じのいいおば様だった。


「まあ、ニコル様、よく来てくださいました。今日はお連れ様と一緒なのですね。」

「ええ。こっちの人…先輩は子供が大好きなので遊んでもらえないかな、と思って。」


私は無言でニコルの足を踏みつけた。何で私が遊んで「もらう」んだ。ふつう遊んで「あげる」だろ。私が世話かけてるみたいじゃないか。


「まあまあ。有り難いことです。」

「怪我や病気をしている子供はいませんか?」

「エルフィが少し熱を出していて…風邪かとは思うのですが、もう1週間も熱が下がらなくて。」

「早く医者を呼んでください。診察料も薬代も僕が持ちますから。」

「有難うございます。今お医者様に遣いを出しますわ。」

「これお土産です。子供たちに。僕らは少し子供たちと遊んでますから。」

「有難うございます。貴方こそ神の御使いに違いありません。」

「そんな大したものではないですよ。」


ニコルが苦笑した。地獄の獄卒だもんな。再び子供たちの群れに戻ると私を紹介してくれた。


「こっちは、今日、みんなと遊びに来たアリシアお姉さんだよ。みんな、仲良くしてあげてね?」

「はあーい!」


という元気な子供の返事が聞こえる。慣れないことに戸惑いつつも、ニコルに乗せられて、子供たちと遊んだ。かけっこ、だるまさんが転んだ、かくれんぼ、当たり前のことだけど、どれも手を抜いてあげないと私とニコルが圧勝してしまうので、思いっきり手加減して遊んであげた。かくれんぼで隠れ切った得意満面な顔、かけっこで負けて泣いちゃう子供、様々だが、皆可愛い。

ふと一人で木の根元に座っている女の子が目に入った。4歳くらいかな?


「どうした。」


声をかけると弱弱しく笑った。私も木の根元に座った。


「私はアリシアだ、君の名前は?」

「ミーシャ。」


ミーシャは赤毛のほんの少しだけそばかすの散った可愛い顔をしている。今は瞳に一杯涙をためているが。


「ミーシャは元気がないな。何か悲しいことがあったのか?」

「……昨日タチアナの持ってる陶器の小物入れを割っちゃって…綺麗だなって、思って蓋に触れたら、蓋が床に落ちて少し罅が入ってしまったの。タチアナはまだ気づいていないみたいだけれど、タチアナはその陶器の小物入れをすごく大切にしていたから、怒るんじゃないかと思って。私、壊すつもりなんて全然なかったのに…!」


ミーシャは泣いてしまった。ミーシャをそっと抱き締めて撫でた。


「ミーシャ、悪いことをしたら謝らねばならない。それが例え事故でも。ミーシャが勇気を出して謝らなかったら次に壊れるのは陶器の小物入れじゃなくて、タチアナとの友情だ。もしかしたらタチアナは『許さない』と言うかもしれない。でも諦めずに優しく声をかけて、タチアナが最も困っている時に助けてあげるんだ。本当の友と言うのは自分が一番苦しいときにわかるものだからな。長いこと仲直りできないかもしれない。それでも諦めない勇気はミーシャにあるか?」


ミーシャに目線を合わせ、優しく、噛んで含めるように言い聞かせた。ミーシャはまだ迷っているようだった。悲しげに俯く。


「自然は厳しく、優しい。もしミーシャが許してもらえなくてたまらなく悲しくても、空は青くミーシャを勇気づけてくれる。そして時にはそっとミーシャの代わりに泣いてくれるのさ。悲しい時こそ上を向いて生きていかなくちゃならないぞ。」

「…うん。私、タチアナに謝ってくる…!」


ミーシャはタチアナの元へ駆け出した。ミーシャは無事タチアナと仲直りできた。「ミーシャのばかっ!私は大切な友達のミーシャがいれば小物入れなんて要らないのに!今日ミーシャに無視されてずっと悲しかったんだからっ!」とワーワー泣いていた。ミーシャも泣いて二人はスッキリ。二人は親友らしい。


「やっぱり先輩は優しいっすね。」


ニコルが私を愛おしげに見つめて微笑むからまた顔が熱くなってしまった。ぷいっとそっぽを向いて奴の顔を見ないようにする。

エルフィは少々質の悪い病気にかかっていたようだ。完治は出来るだろうが薬代はちょっとお高めらしい。ニコルは気前よくお金を払っていた。「僕の絵を1点売れば余裕で賄えておつりがくる程度っすから。」と笑って。院長さんは涙を流して感謝していた。

昼食だが、ちょっと感じの良い定食屋に入った。


「ここは鮪のテールのシチューが美味しいらしいっす。」

「お前が食べたんじゃないのか?」

「忘れてるかもしれないけど、僕貴族っす。庶民派のお食事はあんまり味わったことないっす。ここをお勧めしてくれたのはうちの兵士の人たちっす。雰囲気が良くて美味しいって。でも女性には少し量が多いかもって言ってたっす。」


二人分の鮪のテールのシチューを頼んだが、出てきたのはごろっとした大きめの肉塊が複数。確かにちょっと量は多めだな。ナイフを入れるとすっと通る身の柔らかさ、ほろっと骨から身が外れる。口に入れると濃厚でありながら鮪の旨味をぎゅっと閉じ込めた極上のシチューだった。


「これは旨いな!」


私は思わず目を輝かせる。


「良かったっすね。」


ニコルが愛おしそうに私が喜ぶ姿を見ているので、恥ずかしくなって表情を殺して、もそもそと食事した。


「先輩。食べ方がなってないです。」


なんだと!?令嬢歴16年の私の食べ方がなってないだと!?


「一緒に食べる人の美味しそうな笑顔は最後の調味料です。美味しいものを食べたときは美味しい顔をしてください。きっと僕ももっとおいしく感じるから。」


うぬぬ。確かにこんなに美味しい食事を無表情に食うのは…作った人に失礼だし、ここに連れてきてくれたニコルにも失礼だ。恥ずかしいが美味しそうな顔で味わうとしよう。蕩けるような鮪の肉が、本当に美味しい。私の表情も蕩ける。

たっぷり腹を満たした後に街に出た。


「先輩。あっちでアコーディオン弾いてる人がいます!」


ストリートミュージシャンというのか大道芸と言うのかわからないが、中々のどかで心地のいい曲だ。2曲聞いて二人でおひねりを入れた。

ミュレスの泉に来た。泉…と言うか噴水だな。白い円柱から水が噴き出している。水飛沫が小さな虹を作っている。白い膝上くらいの高さの枠で囲われており、浅く水が溜まっている。


「ここの泉にコインを投げ入れると願いが叶うんだそうですよ。」


二人でコインを投げ入れた。


「何をお願いしました?」

「秘密だ。」

「僕は先輩が幸せになれるようにお願いしました。」

「……。」


私もこのドジで間抜けでアホンダラで優しい後輩が幸せになれるように祈ったよ。口が裂けても言わないけどな。

露店で宝飾品を見た。小さなピンクの石がハート型にカットされているイヤリングをプレゼントしてくれた。安物だけど、そんなのは関係なくて、無邪気に「似合う!可愛い!」と褒めてくれるのがこそばゆかった。


「次は僕のお勧めスポットです。」


少し歩いたが、『薔薇の迷路』と言うちょっと寂れたスポットだ。薔薇の蔓で壁を作った迷路らしい。色とりどりの薔薇が観賞できるスポットだ。薔薇を見ながら迷いながらゴールへ行く。薔薇が美しすぎてゴールしてしまうのが何だかもったいない気がした。


「薔薇、綺麗だったでしょう?」

「ああ。」


地獄にはない、美しい風景だった。


「お前さ、獄卒の仕事好きか?」


綺麗な風景を愛し、子供たちの笑顔を愛するこの男は、あまり獄卒に向いてない気がするのだ。苦痛に思いながら仕事をするのは辛かろうと、心配してしまう。


「獄卒は辛い仕事っす。死者が生前に犯した罪を見るのは悲しいですし、苦しむ死者に鞭を打つのは辛いです。」


やっぱり。優しすぎるんだ…この男は。


「でも、カルマ値が0になって、歪んだ心が浄化されて、嬉し泣きして、次こそは清く生きたいと祈る死者の、晴れ晴れとして、それでいて敬虔な顔を見ると、『ああ、この仕事やってて良かったなあ…』って思うんっす。やり甲斐っていうんっすかねえ…。一人の死者が浄化されるお手伝いができるならどんな苦労も厭わないっす。」


自分の仕事に誇りを持った男の顔だった。

胸が高鳴る。

なんだこれ。病気か?死にそうにドキドキするんだが。

薔薇の迷路をゴールする頃には夕暮れ。


「先輩。今日のデートは合格点…貰えましたか?」


ちょっと不安そうな顔で私に尋ねてくる。私はふいっとそっぽを向いた。


「及第点だ。今度はちゃんと手紙で誘え。」

「はいっ!」


ニコルはニコニコと微笑んで私の手を握った。送ってくれるつもりらしい。「離せ!」と言いたい気持ちと、「それはちょっと勿体ないかも…」と言う気持ちで揺れる。

結局屋敷まで手を繋いで送られたのだが。


「次のデートが楽しみですね。」


ニコルはにっこり微笑んだ。


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