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魔法乙女は今日もお隣さんに恋をする  作者: 夏野モエギ
第二章 恋する魔法乙女と仮面のわるものさん
9/10

09.悪の組織にも事情がある

 翌週、水曜日。午後二時三十分。

 ネオ・トーキョー中央第三地区、再開発エリア。

 建設途中のビルが立ち並ぶ一角に、金属が激しくぶつかり合う音が響いていた。


「……っ!」


 アクア・アムールは大きく横へ跳ぶ。

 直後、先ほどまで立っていた場所を巨大なギアビーストが駆け抜けた。


 四本の太い脚に、ずんぐりとした胴体。前方へ突き出した二本の大きな牙。

 全身を分厚い金属製の装甲で覆ったその姿は、まるで巨大なイノシシだった。


「この機体……動きは直線的だけど、パワーもスピードもあるタイプだ」


 ギアビーストは大きく弧を描くように方向を変え、再びアクアへと突進してきた。

 アクアは地面を蹴り、間一髪で攻撃をかわした。まだ戦闘の許可が出ていないため、防戦一方だ。


 重装甲の機体は、先日の六本脚のギアビーストほど小回りは利かない。

 しかし、その突進力は凄まじく、まともに受ければ無事では済まないだろう。


『アクア・アムール、市民の避難が完了しました。戦闘区域内に一般市民はいません』

「了解。戦闘許可を申請します」

『安全条件を確認。戦闘を許可します』

「許可、確認しました」


 通信機を通して聞こえる通信指令部の声に答え、アクアはギアビーストから距離を取った。


「澄みわたる心に、恋のきらめき! 愛と希望の魔法乙女!」

「アクア・アムール! わるものさんは、恋のしずくでお仕置きです!」


 そうして素早く口上を唱える。

 ギアビーストは助走をつけ、アクアへと突進する構えだ。


『アクア・アムール、識別口上を確認しました』

「はい。それじゃあ、反撃開始です!」


 突進をかわして側面へ回り込み、装甲の継ぎ目を狙って拳を叩き込む。鈍い金属音が響いた。


「くっ……硬い!」


 ギアビーストはわずかによろめいたものの、すぐに体勢を立て直した。

 アクアはもう一度、攻撃の機会をうかがう。


「えっ」


 そのとき、ギアビーストは突然アクアに背を向け、反対の方向へと走り出した。

 機体は誰もいない工事現場の仮囲いへと突進し、激しい音を立てて衝突した。

 一度は動きを止めたものの、次の瞬間、四本の脚がバラバラに動き始める。機体は無理やり方向を変えるように旋回し、大きく傾いた。


「……なに、あの妙な動き」


 アクアは眉をしかめた。

 ギアビーストは再び走り出したものの、今度は工事用の資材置き場へ突っ込んでいく。積み上げられていた資材が崩れ、大きな音を立てて地面に散らばった。


「私はこっちにいるのに、どうして」


 ギアビーストはその場で何度も脚を踏み鳴らし、再び仮囲いへと突進した。

 明らかに様子がおかしい。


「こちら、アクア・アムール。通信指令部、応答願います」

『こちら、通信指令部。アクア・アムール、どうかしましたか』

「現在、中央第三地区、再開発エリアにて獣型のギアビーストと交戦中。ですが、機体の動きに異常が見られます」

『機体の動きに異常、ですか?』


 職員の訝しげな声にアクアは頷く。


「対象はこちらへの攻撃を中断し、周囲の障害物へ無作為に衝突。脚部の動作も不規則です」

『了解しました。こちらでも確認します。周辺への被害拡大に注意してください』

「承知しました」


 アクアは異常な行動を繰り返すギアビーストを注意深く観察した。

 このまま放っておけば、戦闘区域の外へと飛び出すかもしれない。そうなる前に、動きを止めなければ。

 アクアは拳を握り直す。じり、と踏み込みに備える。


「アクア・アムール! 少々、お待ちいただけますか」


 背後から特徴的な電子ノイズが混じった声がした。

 アクアはギアビーストとの距離をたしかめながら、声のした方へと視線を向ける。そこには黒い三つ揃いのスーツに身を包んだ仮面の男が立っていた。


「あなたは……!」

「またお会いしましたね、アクア・アムール」


 仮面の男は軽く会釈した。

 相変わらず、妙に落ち着いた態度である。


「この前のダークネスの人、ですよね?」

「ええ、覚えていただけているなんて光栄です」

「……今度は、なにをしに来たんですか?」


 異常な行動をするギアビーストと、ダークネスの関係者を名乗る男。

 それが同時に現れるなんて無関係ではないだろう。アクアは警戒心を高める。


「……こちらの機体に問題が発生していましてね」

「問題、ですか」


 男は暴れ続けるギアビーストへ視線を向けた。


「ご覧のとおり、現在あの機体は制御不能となっています。こちらの遠隔操作も緊急停止命令も受け付けない状態です」

「……やっぱり、故障しているんですか?」

「原因はまだわかっていませんが、正常な状態ではありません」


 男は静かに頷いた。それから恭しく頭を下げる。


「こちらの管理下にある機体です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「えっ」


 アクアは思わずまばたいた。

 悪の組織の人間が、魔法乙女に謝っている。どう反応すればいいのだろう。


「えと……それで、どうするつもりなんですか?」

「機体を停止させたいのですが、通常の方法は使えません。そこで、あなたにお願いがあります」

「お願い?」

「胸部にある制御装置を破壊していただけませんか」


 男は暴れ回るギアビーストを指し示した。


「前脚の間、胸部装甲の継ぎ目の奥に制御装置があります。そこを物理的に破壊すれば、動力を遮断できるはずです」

「どうして、そんなことまで知っているんですか?」

「どうして? 私は、わるものですから当然ですよ」


 アクアは返す言葉を失った。

 たしかに、わるものではあるけれど、さも当然のように言われると困ってしまう。

 いや、それよりもだ。


「……少し待ってください。あなたの話を全て信用することはできませんし、私個人だけでは判断できかねます」

「ええ、もちろん確認を取っていただいても構いませんよ。できれば早急に、ですが」


 アクアは耳元のイヤリング型通信機に触れた。

 わずかなノイズの後、通信が開く。


「こちら、アクア・アムール。通信指令部、応答願います」

『こちら、通信指令部。アクア・アムール、本部でも機体の異常を感知しました。戦闘は続行可能な状況でしょうか?』

「その件ですが、現場にダークネス関係者と思われる人物が現れました」

『ダークネス関係者ですか?』


 通信機越しに通信指令部のざわめきが聞こえた。

 それも当然の反応だと思いながら、アクアは話を続ける。


「その人物によると、現在、対象は制御不能の状態。また、胸部の制御装置を破壊すれば停止できるとのことです。ただし、情報の真偽は確認できていません」


 アクアは暴れ続ける機体へと視線を向けた。


「ですが、被害が拡大する前に対象を停止させる必要があると考えます。ダークネス関係者との一時的な協力の許可を申請します」


 通信機の向こうで、短い沈黙があった。

 やがて、対応する職員が交代する気配が伝わってきた。


『……こちら、通信指令部長の相川だ。本件を緊急事態と判断し、特例としてダークネス関係者との一時的な協力を許可する。市民の安全を最優先に、対象の停止を命じる。ただし、当該人物への警戒は継続するように』

「了解しました!」


 通信を切ったアクアは、男へと向き直った。


「許可が出ました。ひとまず、あなたと協力します」

「……ありがとうございます、アクア・アムール」

「これで止まらなかったら承知しませんから」

「ええ。その場合は、こちらで責任を持って対応します」


 男の声は落ち着いていた。

 もっとも、相手はダークネスの人間だ。簡単に信用してはいけない。


 アクアはギアビーストへ向き直った。

 機体は相変わらず不規則な動きを繰り返している。胸部の制御装置を狙うには、正面側へ回り込む必要があった。

 しかし、真正面から突進を受け止めるのは危険だ。


「……よし」


 アクアはギアビーストの動きを注意深く観察した。不規則に見える動きにも、わずかな隙があるはずだ。


 ギアビーストが急旋回した瞬間、前脚の踏み込みが一瞬遅れた。

 アクアは地面を強く蹴った。ギアビーストの側面へ回り込み、急旋回の際に踏み込みが遅れた前脚の関節を、下から思い切り蹴り上げる。

 支えを失った機体が大きく傾き、前脚の間にわずかな隙間が生まれた。


「アクア・アムール、今です!」


 男の声が響く。

 アクアは地面に片手をついて体勢を立て直した。


「わかってます!」


 アクアは前脚の間へと滑り込み、胸部装甲の継ぎ目を狙って拳を振り抜いた。

 激しい衝撃音。装甲が砕け、その奥で火花が散った。

 ギアビーストの動きが止まる──かと思われた。


「……っ!」


 次の瞬間、四本の脚が激しく震え始めた。

 機体全体が揺れ、金属同士が擦れる耳障りな音が響く。アクアは素早く距離を取った。

 やはり、敵の言うことなど信じるべきではなかった。そう思った数秒後、ギアビーストの全身から力が抜け、地面へと崩れ落ちる。辺りに静寂が戻った。


「止まった、の?」

「ええ、制御装置の破壊を確認しました。もう動くことはないはずです」


 どこからか取り出した端末を確認して、男が静かに答えた。

 アクアは慎重に機体を見つめる。

 たしかに、先ほどまでの異常な動きは完全に止まっていた。


「こちら、アクア・アムール。通信指令部、対象の制御装置を破壊しました。現在、動作は停止しているように見えます」

『了解しました。停止状態の確認を行いますので、引き続き警戒をお願いします』

「了解しました」


 通信を終えると、アクアは男へ向き直った。


「……あの」

「はい?」

「あなた、本当にダークネスの人なんですよね?」

「ええ、そうですよ」

「それなら、どうして私にギアビーストの倒し方を教えたんですか?」


 男は少しだけ首を傾げた。


「今回はこちらの管理に問題がありましたから」

「でも、私たちは敵同士のはずです」

「そうですね」

「いや、そうですねって」


 あまりにもあっさりと認められ、アクアは拍子抜けした。

 男は小さく笑ったようだった。


「敵同士であっても、危険な状況を放置する理由にはなりませんから」


 アクアは言葉に詰まった。

 男が言っていることは、もっともだ。けれど、それを悪の組織の人間に言われるとは思わなかった。


「それでは、私はこれで失礼します」

「あっ、ちょっと! 今日は現行犯ですよ!」

「まあまあ、今は一時協力関係じゃないですか」


 それは戦闘中だけの話だと思うのだが。

 アクアは息を吐く。


「じゃあ、これだけ聞かせてください」

「なんでしょう?」

「今回はどうして、こんなことになったんですか?」

「……申し訳ありません。原因は現在調査中です。ですが、こちらでも機体の状態を引き続き監視しています。異常があれば、すぐに対応しますので」

「そうですか」

「ご協力ありがとうございました。魔法乙女、アクア・アムール」


 男は丁寧に一礼すると、工事現場の外へと向かって歩き出した。

 アクアは遠ざかっていく黒い背中を見つめる。

 まだ安全が確認されていない現場を離れるわけにはいかなかった。


(本当になんなんだろう、あの人)


 ギアビーストの構造を知っていて、ダークネスの人間だと認めている。けれど、危険な機体を止めるため、魔法乙女である自分に協力を求めてきた。

 警戒すべき相手なのは間違いない。それでも、どこか憎めないような気がしてしまう。


(……変な人)


 その後、通信指令部から停止確認の連絡が入り、アクアは現場の状況を報告するため、再び耳元の通信機に触れた。



◇



 同日、午後六時過ぎ。

 株式会社ダークネス本社、作戦運用部。


「……原因は、まだ特定できていないんだね」


 晴臣は手元の報告書を確認しながら、静かに尋ねた。


「はい。遠隔操作系統と緊急停止機能の両方に異常が発生していたようですが、現時点では詳しい原因がわかっていません」


 デスクの向かいに立つ航が困ったように答える。


「機体の回収は?」

「完了しています。現在、設備保全部が調査中です」

「そう。今回の機体と同じ型のギアビーストは一時的に運用を停止。原因がわかるまでは、安全確認を最優先したい」


 晴臣は組んだ手をデスクに置き、航を見た。


「それから、ほかの型にも共通部品が使われている可能性がある。該当する機体は、改めて点検するよう通達して」

「了解です、立花部長」


 航は手元の端末を操作した。

 晴臣は椅子の背にもたれ、小さく息を吐く。


 今日は、次回のギアビースト出現予定地点を確認するため、再開発区域の近くで現地調査を行っていた。

 周辺の建物や避難経路を確認していたところへ、本部から緊急連絡が入ったのだ。


 遠隔操作不能。緊急停止命令への応答なし。通常では考えにくい異常だった。

 幸い、現場が近かったため、すぐに向かうことができた。

 そして、そこにはアクア・アムールがいた。


 あの状況で機体を止めるには、胸部の制御装置を破壊するしかなかった。

 だが、装甲に守られた制御装置を正確に狙うことは容易ではない。

 アクアが現場にいてくれたからこそ、被害を最小限に抑えられたと言っていい。


 晴臣は、報告書へ視線を戻した。

 今回は、彼女を想定外の危険にさらしてしまった。美雨が危険を伴う仕事に就いていることは理解している。

 それでも、今回の異常はダークネスの管理下で起きたものだった。

 魔法乙女には、ダークネスが安全を確保した環境で任務に当たってもらわねばならない──それが政府の意向だ。


「部長?」


 航の声に、晴臣は顔を上げた。


「なにか気になることでも?」

「……いや、今回の異常について引き続き詳しく調べてほしい。特に、制御系統の記録は念入りに確認するよう伝えて」

「わかりました」


 航が頷く。

 晴臣は窓の外へと視線を向けた。


(……原因を突き止めないとな)


 夕暮れの街には、いつもと変わらない景色が広がっている。

 だが、今日の出来事を単なる機械の故障として片づけるわけにはいかない。同じことを二度と繰り返さないためにも、徹底した調査が必要だ。


 彼女が少しでも安全に戦えるように。

 それもまた、自分に課せられた役目なのだから。

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