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魔法乙女は今日もお隣さんに恋をする  作者: 夏野モエギ
第一章 魔法乙女とお隣さん
3/10

03.日曜日のカフェ

 日曜日、午後二時。

 美雨はマンションのエントランスで、晴臣を待っていた。


 淡いベージュのブラウスに、焦げ茶色のロングスカート。足元には、少しだけヒールのあるパンプスを合わせた。

 仕事の日とは違って、髪もいつもより丁寧に整えている。


「……ちょっと、気合い入れすぎかな」


 軽く巻いた前髪をいじりながら心配する美雨をよそに、ほどなくして晴臣がエレベーターから降りてくる。


 白いシャツに、少し大きめのマスタード色のカーディガン。すっきりとした細身のパンツを合わせている。

 いつものスーツ姿とは違う、休日らしいラフな格好も晴臣にはよく似合っていた。


「お待たせ、水瀬さん」

「いえ、私も今来たところです」

「よかった。じゃあ、行こうか」

「はい」


 二人は並んで歩き出した。

 晴臣は歩幅が大きいけれど、美雨に合わせて歩いてくれる。その隣は、いつも自然に歩きやすかった。


 ただ、晴臣はもともと気遣いのできる人だ。自分にだけ特別なのかどうかは、やはりわからない。


「そういえば、立花さん」

「うん?」

「今日はケーキ、何個の予定ですか?」


 晴臣は悩ましげに唸った。まるで重大な決断を迫られたかのように、形のいい眉を寄せている。


「うーん……三つかな」

「ふふ、最初から三つなんですね」

「うん。今日は、迷わないことにしたんだ」

「潔いですね」

「まあね。昨日、メニューを見て決めておいたから」

「それは、準備がいいことで」


 晴臣が朗らかに笑う。美雨もつられて笑ってしまった。

 こういうやり取りが好きだ。

 何か特別な話をしているわけではない。それなのに、晴臣といると、他愛のない会話まで面白く感じる。


 そんな会話を交わしながら、二人はいつものカフェへ向かった。


 店に着くと、ちょうど窓際の席が空いていた。午後の日差しが差し込む、明るい席だ。

 店員に案内され、二人は向かい合って腰を下ろした。


「今日は天気もいいし、いい席だね」

「ですね」


 メニュー表を開き、美雨は少しだけ考えた。

 甘いものは嫌いではないけれど、得意というわけでもない。

 結局、いつも通り紅茶と小ぶりなチーズケーキを選んだ。


 晴臣は宣言通りに、ケーキを三つとコーヒー。

 店員が注文の際、驚いたようにまばたくのを見て、美雨は笑いを噛み殺した。


「立花さんが厳選したケーキ、楽しみですね」

「うん。どれもおいしそうだったからね」


 やがて、注文した品が運ばれてきた。

 晴臣の前には、モンブラン、チョコレートケーキ、季節限定の洋梨のタルト、それにコーヒー。美雨の前には、小ぶりなチーズケーキと紅茶が並んだ。


「どれから食べるんですか?」

「水瀬さん、難しいことを聞くね……でも、まずは洋梨かな」

「新作ですもんね」

「うん」


 晴臣は瞳を輝かせながらタルトにフォークを入れ、一口分を口へと運んだ。

 一瞬、大きな瞳を見開いたかと思うと、蕩けるようにふっと眦を下げた。

 その幸せそうな表情に、美雨は思わず笑ってしまう。


「おいしいですか?」

「うん、すごく」

「ふふ、よかったですね」

「……水瀬さんも、一口食べる?」


 美雨は小さく首を横に振り、自分の前に置かれたチーズケーキへ視線を落とした。


「ありがとうございます。でも、立花さんが楽しみにしていたものですし、今日は自分のケーキで満足です」

「そっか」


 晴臣は無理に勧めたりはしない。

 美雨が甘いものをあまり得意としないことを、よく知っているからだ。

 その代わりに晴臣は、美雨のチーズケーキを見て言った。


「水瀬さん、チーズケーキ好きだね」

「ここのは甘さ控えめで、特に好きなんです」

「なるほど。水瀬さん向きだね」

「立花さんには、ちょっと物足りないかもしれませんけど」

「そうかも」


 くすくすと二人は笑い合った。


 晴臣が三つ目のケーキを食べ終える頃、美雨は紅茶を飲みながら、その顔を眺めていた。

 格好いい。優しい。話していて楽しい。それに、甘いケーキを三つもペロリと食べてしまう。


(ああ、本当に、立花さんのこと好きだな)


 心の中で呟いて、美雨は紅茶のカップを両手で包み込んだ。


「水瀬さん」

「はい」

「僕の顔、なにかついてる?」

「……いえ、なんでもないです」

「そう?」


 納得できなさそうに頷く晴臣に小さく笑って、美雨は紅茶の入ったカップをソーサーに戻す。


「ただ……立花さん、幸せそうだなと思って」


 晴臣は一度まばたきをすると、ゆるりと目を細めた。


「……うん、幸せだよ」


 その言葉に、美雨は思わず息を止めた。

 晴臣が言っているのは、もちろんケーキのことだ。それは美雨だってわかっている。

 わかっているのに――晴臣のそういう言い方は、本当にずるい。


 美雨は誤魔化すように、チーズケーキを一口食べる。

 甘さは控えめのはずなのに、今日はやけに甘く感じた。



◇



 カフェを出た二人は、近くにある書店に立ち寄った。お決まりのコースだ。


 美雨が平積みされた新刊のファンタジー小説を見つけると、晴臣は隣で興味深そうに色鮮やかな表紙を眺めた。


「新しいシリーズ?」

「はい。前から気になってたんです」

「面白そうだね」

「立花さんも読みますか?」

「水瀬さんの感想を聞いてから決めようかな」


 少しだけ意地悪そうに晴臣が笑う。

 美雨はまばたいて、わざとらしく眉を下げた。


「……それは、責任重大ですね」

「期待してるよ」

「ふふ、任せてください」


 美雨は悩んだ末に一冊だけ本を購入し、晴臣と一緒に書店を出た。


 少しずつ日が傾きはじめた街は、穏やかな空気に包まれている。

 遠くには高層ビル群。その隙間を縫うようにして、空中交通路を小型の公共車両が行き交っていた。

 ネオ・トーキョーは、今日も平和だった。


「今日はありがとう、水瀬さん」

「こちらこそ、ありがとうございます。楽しかったです」

「うん、また行こうね」

「はい。次はどこにしましょうか」

「水瀬さん……どこか、行きたいところはある?」


 行きたいところ。

 夕焼けに染まりつつある街を晴臣と二人で歩きながら、美雨は考える。


 カフェもまた行きたいし、晴臣となら書店を巡るのだって楽しいだろう。

 以前、彼は映画が好きだと言っていたから映画館もいいかもしれない。

 美雨はカフェだけではなくて、二人で、もっといろいろな場所に出かけたい。


「ありますよ」

「本当?」

「……立花さんと行きたいお店ばかりが増えて、困ってるんです」


 晴臣が、ほんの一瞬だけ足を止めた。


「……僕と?」

「はい。立花さんと一緒だと楽しいので」


 美雨が目を細める。

 それを見た晴臣は、少し遅れて口元を緩めた。


「じゃあ、少しずつ制覇していこうか」

「ふふ、お願いします!」


 隣を歩く晴臣の頬を染めているのが、夕日の赤色だけではないことに、美雨は気づかなかった。

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