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魔法乙女は今日もお隣さんに恋をする  作者: 夏野モエギ
第二章 恋する魔法乙女と仮面のわるものさん
11/12

11.悪の組織の想定外

 金曜日、午前十時。

 中央第三地区魔法乙女支援センターの面談室で、美雨は一人の男性と向かい合っていた。


「ええと……それでは、水瀬さん。今週水曜日に発生したギアビーストの制御異常について、いくつか確認させてください」

「はい。よろしくお願いします」


 向かいに座るのは、株式会社アムール公共安全の安全管理部から派遣された田中という男性だ。

 三十代くらいだろうか。きちんとしたスーツにメガネをかけているが、どこか気弱そうな雰囲気がある。

 田中は手元の資料に目を落とし、メガネの位置を軽く直した。


「報告書と当日の通信記録は、事前に確認しています。通信指令部の相川部長からもすでにお話を伺いましたので、今回は現場での状況を中心にお聞きできればと思います」

「わかりました」

「まず、ダークネスの関係者が現れたときのことですが」


 田中は慎重に言葉を選びながら、質問を続けた。


 水曜日の午後、中央第三地区の再開発区域に出現したギアビーストは、戦闘中に突如異常な動きを見せ始めた。それまで美雨に向かっていた攻撃は周囲の設備にも向けられ、現場は一時、危険な状況に陥った。

 そこへ現れたのが、黒いスーツに仮面をつけたダークネスの関係者だった。


「その人物は、機体の制御ができなくなっていると説明したんですね?」

「はい。遠隔操作も緊急停止もできない、と」

「なるほど。それで、胸部の制御装置を破壊するよう依頼された、と」

「そうです」


 田中は頷きながら、資料にメモを書き込んだ。


「相川部長からは、一時的な協力を許可したと伺っています。水瀬さんご自身は、どのように判断されましたか?」

「相手はダークネスの関係者ですから、信用していいのか迷いました。でも、ギアビーストが暴走しているのは事実でしたし、このまま放置するわけにはいかないと思いました」

「なるほど。現場の安全確保を優先した、ということですね」


 田中は再び資料を確認した。メガネの向こうでまばたきを繰り返す。


「……それから、制御装置の破壊についてですが、その、報告書によると、胸部の装甲を直接破壊したとのことで」

「はい。前脚の関節を蹴り上げて体勢を崩してから、胸の部分を殴りました」

「なぐっ……た、んですね」

「はい」

「ええと、装甲ごと、ですか?」

「そうですね。制御装置が中にあったので」

「なるほど、なるほど」


 田中の視線が、一瞬だけ美雨の手元へと向いた。もちろん、今の美雨は変身していない。

 魔法乙女が魔力によって高い身体能力を持つことは、田中も承知しているはずだ。それでも、実際に本人の口から聞くと少々驚くらしい。

 田中は小さく咳払いをすると、すぐに資料へと視線を戻した。


「失礼しました。では、破壊後の機体の状態について確認させてください」


 その後もいくつか質問が続き、聞き取りは滞りなく終了した。


「ご協力ありがとうございました。追加で確認が必要になった場合は、改めてご連絡するかもしれません」

「はい。お疲れさまでした」


 美雨は軽く頭を下げ、面談室をあとにした。廊下に出ると、ようやく肩の力が抜ける。

 別に悪いことをしたわけではない。それでも、安全管理部から聞き取りを受けるとなると、どうにも緊張してしまう。


「美雨せんぱーい!」


 聞き慣れた明るい声に顔を上げる。廊下の向こうから、莉子が小走りで近づいてきた。


「美雨先輩、事情聴取お疲れさまです! ところで、悪の組織の人から求婚されたって本当ですか?」

「…………はい?」


 間の抜けた声が出た。遅れて莉子の言葉を理解し、美雨は目を見開いた。


「きゅ、求婚?」

「はい! ダークネスの関係者に!」

「されるわけないでしょ!」


 美雨が即座に否定すると、莉子は目を丸くした。


「えっ、そうなんですか?」

「そうなんですか、じゃなくて……どこからそんな話になったの?」

「なんだか支援センターで噂になってるんですよ。ダークネスの仮面の人が、アクア・アムールに協力を申し出たって」

「それは本当だけど」

「それがいつの間にか『敵がアクアに惚れたらしい』って話になってて」


 美雨は言葉を失う。

 一体、なぜそんな話になっているのだろう。


「で、今朝聞いた話だと、美雨先輩が求婚されたことになってました」

「……もう、みんなして面白がってるんだから」


 莉子は楽しそうに笑っている。美雨は額に手を当てた。

 たしかに、ダークネスの関係者と一時的に協力したのは事実だ。だが、どう考えても求婚とは結びつかない。


「そもそも、あの人とはほとんど話してないんだよ」

「えー、でも、敵なのに助けてくれたんですよね?」

「助けてくれたっていうか……暴走したギアビーストを止めるために協力しただけだよ」

「ふーん? 悪の組織なのに変わった人なんですね」

「……そうだね」


 美雨は、あの黒い仮面を思い浮かべた。

 初めて会ったときも、彼は妙に丁寧な物腰だった。敵であるはずの自分に、まるで仕事仲間にでも話しかけるような調子で声をかけてきた。

 そして今回も、危険な状況を放置する理由はないと言っていた。


 ダークネスはギアビーストを送り込む敵組織だ。

 それなのに、あの男はどうしてあそこまで安全を気にするのだろう。


「……本当、よくわからない人」

「美雨先輩、もしかして気になっちゃいました? 立場を越えたラブですか?」

「もう、そういう意味じゃないよ」


 美雨が慌てて否定すると、莉子はまた楽しそうに笑った。

 どうしてこういう話になると、莉子はこんなに元気になるのだろう。


 美雨は小さくため息をつき、莉子と並んで廊下を歩き始めた。

 結局、仮面の男がなにを考えているのかは、わからないままだった。



◇



 同日、午後二時。

 株式会社ダークネス本社、作戦運用部。


 晴臣は机に向かい、書類に目を通していた。

 今週水曜日に発生したギアビーストの制御異常については、事故発生直後から技術部門による調査が進められている。同型機の運用はすでに停止し、共通部品を使用している機体についても点検を指示していた。

 そんな中、執務室の扉がノックされる。


「立花部長、失礼します!」

「どうぞ」


 入ってきたのは、部下の航だった。手には数枚の書類がある。


「例のギアビーストの件、設備保全部と技術開発部から中間報告が上がってきました」

「早いね、ありがとう。どうだった?」

「それが、まだ原因は特定できていないそうです」


 航は晴臣の机に報告書を置いた。晴臣は書類を手に取り、目を通す。

 通常の遠隔操作が機能しなかったこと。緊急停止の指令にも反応しなかったこと。外部システムには、いずれの指令についても送信記録が残っていること。

 そして、機体内部の動作記録が一部失われていること。


「動作記録の一部喪失?」

「胸部制御装置の損傷がかなり激しくて、内部の詳細な動作記録も一部失われていたそうです」

「なるほど」

「それで、これが回収時の写真なんですけど」


 航が差し出した資料には、破壊されたギアビーストの胸部が写っていた。装甲は大きくひしゃげ、内部の機器も原形を留めていない。


 晴臣は写真を見つめた。

 胸部制御装置の破壊を依頼したのは、ほかでもない自分だ。あの状況では、機体を停止させるために必要な判断だった。

 ただ、ここまで壊れるとは思っていなかったが。


「……さすが、アクア・アムール。僕の想定の上を行くね」

「いや、部長! 感心してる場合じゃないですよ」


 航が思わず声を上げた。


「内部の動作記録まで一部失われてるんですよ!」

「そうだね。でも、彼女に制御装置を破壊してほしいと頼んだのは僕だから」

「それはそうですけど」

「それに、あの場では機体を止めることが最優先だった。彼女は必要なことをしてくれたんだよ」


 晴臣が穏やかに答えると、航は少し困ったような顔をした。


「まあ……それは、そうですね」


 晴臣はもう一度、写真に目を落とす。

 昨夜、彼女を抱き寄せたときの感触が、ふと脳裏をよぎった。

 思っていたよりもずっと華奢で、軽かった身体。その身体で、これほどの力を発揮するのだから不思議なものだ。


 もちろん、アクア・アムールの戦闘能力については以前から把握している。それでも、こうして改めて目にすると、驚かされる。


「それで、制御系統については?」

「まだ原因を絞り込めていないそうです」

「……そう」


 通常制御に異常が起きても、緊急停止は作動するように設計されている。それなのに、今回はどちらも機能しなかった。

 両系統に共通する電源や保護機構に問題があったのだろうか。


「……妙だね」


 晴臣は小さく呟くと、眉根を寄せた。


「え?」

「二つの系統が同時に機能しなくなるなんて」

「そうですね。技術開発部もそこを重点的に調べているそうです」

「共通部分も含めて、もう一度確認してもらえるかな。内部の記録が不足しているなら、外部の通信履歴や、ほかの機体の点検結果と照らし合わせてほしい」


 晴臣は報告書を机に置いて、航を見た。


「それから、同型機の運用停止は継続。共通部品を使用している機体についても、点検が終わるまでは慎重に扱うよう伝えておいて」

「了解です。運用再開については、まだ見通しが立たない感じですか?」

「原因がわからない以上は、安全だとは言えないからね」


 晴臣は静かに答えた。

 市民と魔法乙女の安全が最優先だ。


「確認が取れるまでは、再開できないよ」

「……はい」


 航は頷き、報告書を一部残して執務室を出ていった。


 扉が閉まると、室内に静けさが戻った。

 晴臣は椅子の背にもたれ、報告書に記された通信履歴を見つめた。

 送信された指令は、機体に届いていなかったのだろうか。それとも、受信したあとに処理ができなくなっていたのか。


 なにか重大な見落としがあるのではないか。

 その疑念は、書類を閉じたあとも晴臣の胸に燻り続けていた。

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