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ベルタの旅 〜 ちょっと実家へ帰ってきますね、貴方の車で 〜  作者: 蘭鍾馗


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8/11

08.坂道

 さて。


 ベルタの実家があるプフォルツハイムは、南ドイツの小都市で、市街地の標高は二百数十メートルくらい。山あいとまではいかないが、丘陵に囲まれた街である。ちなみに、南側にはシュバルツバルトの森があり、その奥にはアルプスが控える。山岳地帯の入り口みたいな所にある街なのである。埼玉県でいうと、飯能とか秩父あたりの感じだろうか。


 目的地はそんなところ。

 ということは、これから上り坂が増えていくことになる。それはもう避けられない運命だ。



 ◇



 まあ、そうは言っても、いきなり急な上り坂になるわけではない。最初は緩い上りが続く。ベンツ・パテントモトールヴァーゲンは、緩い上り坂なら問題なく登ってゆく。


 だが、そのうち小さな峠が現れ始める。峠の上りは、流石にそんなに緩くはない。それでも、三人を乗せたベンツ・パテントモトールヴァーゲンは健気に坂を登ってゆく。


 そして、限界が訪れる。

 幾つ目かの小さな峠の坂の途中で、勾配に負けてエンジンが止まった。ベルタ、運転席横のレバーを素早く後ろ(ブレーキ側)に引いてブレーキを掛け、車を停める。


「オイゲン、リヒャルト、降りて車を押してくれる?」


 こんな時のために、男の子二人を連れてきたのだ。オイゲン達もそれはわかっているから、すぐに降りて車の後ろに回る。


 二人の息子がエンジンをかけ直す。

 ベルタ、二人の息子が車を支えている間に、レバーを素早く前(前進側)に倒して動力を繋ぐ。


「押して!」


 プーリーに掛かったベルトが滑ることで一時的に半クラッチ状態となり、車はなんとか発進する。操作方法は現代のそれとちょっと違うが、坂道発進である。多分世界初の。


 うまくいった。

 オイゲン達には悪いが、そのまま押してもらう。


 だが結局。


 坂がきつくてそこからスピードを乗せられなければ、すぐにエンジンは止まってしまう。駆動ベルトの滑りは一瞬であり、現代のマニュアル車の半クラッチのように、ある程度滑らせながら発進出来るような構造にはなっていない。


 坂が緩ければなんとかスピードを乗せられるが、そうなったらそうなったで、今度はひとが追いつけない速度になってしまうので、車を押していたオイゲン達は置いてけぼりにするしかなくなる。ギアが1段しかないから融通がきかないのである。


 駄目じゃんカール!


 坂を登れる低速ギアと、坂道発進が出来る容量の大きなクラッチが必要ね。

 それがないと、少なくともプフォルツハイムでは実用にならない。あとスロットルも手元で調整できないと坂道で発進出来ない。


 取り敢えず、急坂はもうエンジン切って押すしかなさそう。

 


 ◇



 やがて峠の頂上に着くと、ベルタは二人を乗せて、今度は坂を降り始める。


 前に書いた通り、エンジンの圧縮比は2程度だから、今の車と違ってエンジンブレーキはごく弱い。したがってブレーキだけが頼りなのだが、この車のブレーキというのが、木のブロックを車輪の鉄製の踏面に押し付けるだけの、なんとも頼りない代物だ。


 結局これも、坂道で連続して使うことは想定されていないのだ。


 ベルタ、ブレーキを掛けながら慎重にゆっくりと坂を下る。ブレーキの木のブロックが音を立てて軋む。あんまり気持ちのいいものではない。



 ◇



 そうこうするうちに、次の峠が見えてきた。

 さっきの峠よりも勾配がきつい。


「リヒャルト!あんた運転席に座って舵を取って!」


 坂の少し手前で車を止めると、ベルタは一番体重の軽いリヒャルトに運転を代わらせた。

 そして、ベルタとオイゲンが後ろから押す。


 そして、峠の頂上まで車を押した。


 そしてまた、頼りないブレーキを掛けながら峠を降る。平坦路にたどり着いたらエンジンをかけて、三人乗ってまた走る。


 こんな事を繰り返しながら、少しずつプフォルツハイムに近づいてゆく。

 そして、市街地までもうひと上り、というところまで来た時。


「なにしてんすか〜?」


 オイゲンやリヒャルトと同じくらいの年頃の男の子数人に、声をかけられた。



 ◇



 渡りに船、とばかりにベルタは男の子たちに事情を説明して、車を押してもらった。そして、車は無事に市街地のある台地に上がることが出来た。

 ベルタは、お礼に男の子達に少しばかりのお小遣いと、袋に残っていた「学生のキス」をあげた。ついでに名前の由来も説明して。


「プフォルツハイムに着いたーーー!!」



 ◇



 そこからしばらく走って、車は無事ベルタの実家にたどり着いた。


 マンハイムから106km。

 これにて、往路終了である。駅伝か。


 いや、駅伝くらいきつかったかもね。


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