07.ブルッフザールで昼食を
「ご飯よご飯!」
◇
今日は朝が早く、しかもカールに見つからないようにこっそり出発したせいで、実は三人とも朝食を食べていない。
今日これまでに食べたのは、ハイデルベルクで食べたチョコレート「学生のキス」だけ。なので、三人ともお腹が空いている。そろそろ限界なのである。
「この先で、レストランがありそうな大きな町というと、やっぱブルッフザールかな。」
じゃあもうとにかくそこまで行くしかない。
「よし、ブルッフザールで昼ご飯にするわよ!」
「やったー!」
「肉食べたい!」
◇
ドイツでは、一日のメインの食事は昼食だ。
朝食と夕食は簡単に済ませる。火を使わず冷たいもので済ますことが多い。
その分、昼食には温かい豪華なものを食べるのだ。その昼食を、旅の途中とはいえ簡単なもので済ませるわけにはいかないだろう。
なので、三人ともかなり真剣にレストランを探す。
◇
ほどなく、ベルタ達はブルッフザールの市街地に入る。
ライン川沿いの低地と緩やかな丘陵地が接するこのあたりには、多くの森があって、今まで見てきた市街地とはちょっと違う、穏やかな感じの景色が広がる街だ。
ベルタ、スピードを少し落として、レストランを探す。
しばらくして、一軒のレストランを見つけて、とりあえずそこに入る。
◇
席について、開口一番。
「あ~~、背中が伸ばせる!」
「結構きつかったね。」
「座ってるだけなのにね。」
ここまで、既に70km近くを走破してきたベルタ達。車だけでなく、じつは乗員の体にも大きな負荷がかかっていた。
「椅子!椅子よ。あの椅子が柔らかいのが、却ってきついの。」
「お尻が痛くなるね。」
「うん、僕もお尻が痛いよ。」
「あと乗り心地よね。」
「それ。石畳の振動がきつい。」
試作3号の車輪は木のスポークなので、振動が直接伝わってくるのである。
残っている試作3号の写真を見ると、前後にリーフスプリングがついてはいるが、車のサイズに対して少し小さいように見える。路面からの衝撃を吸収するには、少し役不足だったのではないか。
そうなると、柔らかいが厚さのない座席のクッションは底着きしてしまって、お尻に衝撃が直接来てしまっただろう。
余談だが、試作3号より後に作られたパテント・モトールヴァーゲンは、車輪が自転車みたいなワイアスポークになったので、乗り心地は多少ましになったと思われる。
ベルタはちょっと考える。
「お尻を包むような形にして、クッションはむしろ固めのほうがいいのかもね。」
「それいいかも。」
「僕も賛成。」
昔のベンツのシートはクッションが板みたいに固いことで有名だったが、その発想の源は案外、この時のベルタ達の体験から来ているのかも知れない。
◇
さて、食事が来た。
ベルタはマウルタッシェ。巨大なラビオリみたいなものが入ったスープだ。それにマッシュポテトをつけた。
オイゲンはアイスバイン。塩漬けした豚肉の煮込みだ。ザワークラウトを添えて。
リヒャルトはシュニッツエル。これはドイツのトンカツみたいな料理。それとジャガイモ団子を頼んだ。
三人ともよく食べるな。
「春だったらねー。」
「春だったら?」
「アスパラガスが食べられたんだけど。」
「アスパラガス?」
もぐもぐ。
「このへんアスパラガスが名産なのよ。」
「ふーん。」
「僕はアスパラガスはいいや。」
「そっか、リヒャルトはアスパラガス駄目だったわね。」
もぐもぐ。
◇
さて、食事を終えて、再び車に戻る。
まあ、そうなるんじゃないかとは思っていたが、やっぱり車の周りには人だかりが出来ていた。
みんな、自動車に興味を持っている。
これが長距離を走れることが証明できて、なおかつ安い値段にできれば、確実に売れる。
満面の笑顔で車に戻ったベルタは、やっぱりここでも取り囲まれて、質問攻めにあうのだった。
そして、ベルタは一人ひとりに丁寧に説明する。将来、この人達の多くがベンツのオーナーになってくれることを、半ば確信しながら。
◇
いったい何事だろう、と思うほどの大勢の人達に見送られながら、ベルタ達三人は再び車上の人となる。
ベルタの実家があるプフォルツハイムまで、あと30kmくらい。
だがしかし。
この最後の30kmが、じつは大変だったのである。




