02.朝食それから電報
「落ち着け。まずは落ち着け。」
カールは、取り敢えず自分にそう言い聞かせた。
◇
「落ち着いた?」
声を掛けられ、驚いて振り向くと、今年11歳になる長女のクララが立っていた。いかん、考えていたことが声に出ていたようだ。
「ああごめんクララ、起きてたのかい?」
「うん。」
「朝ごはんにしようか。ティルデも呼んでおいで。」
テーブルの上には、パンとチーズ、それからじゃがいもとベーコンのスープ、そして牛乳が、ベルタの手で既に用意されていた。鍋に入ったスープはまだ少し暖かかった。
まだ遠くへは行っていないだろうな。
そうは思ったが、だからと言って今から追いつける訳でもないだろう。分かっているのは行先だけで、今どこの道を走っているかもわからないのだ。それより先ずは朝食だ。
「そうね、朝ごはんは大事よ。」
「だいじよ。」
また考えを口に出してしまっていたか。
◇
クララの言う通り、朝ごはんは大事なのだが、どうしても気になるので離れの工房に行って確認する。今、開発中の内燃機関を使った試作車「パテント・モトールヴァーゲン」はここで製作しているのだ。
うん、試作車が一台見当たらない。
ベルタが持ち出したのは、試作3号車だ。この車はまだ公道を走らせていなかった。
何かまだ未解決の問題が残っていたから?いやそうじゃない。
正直に言おう。公開の場で走らせるのが、まだちょっと怖いのだ。
試作1号車は、公開走行の際にターンがうまくいかず、壁にぶつかってしまった。
だが、試作2号車はうまく走った。壁にぶつかることもなかった。
ならば試作3号車は、またちゃんと走ってくれるのではないか?
「公道を走らせてテストすればいいじゃないの。」
ベルタにはそう言われた。
だが待ってくれ。試作3号車には、試作2号車から根本的な改良を施した新しい機構が、幾つもついているのである。これらがちゃんと作動してくれるかどうかは、まだもう少し様子を見てみたい。
そう言ったら、ベルタはこう答えた。
「あなたはいつもそう。」
◇
見ていても仕方がないので母屋に戻り、朝食を食べる。
◇
朝食を終えて食器を片付けながら、ふと気づいた。
「クララ、ティルデ、そういえばお前たちもう学校へ行く時間じゃないのか?」
そうしたら、クララとティルデに言われてしまった。
「今は夏休みでしょ?」
「なつやすみでしょ?」
ああ、子供の夏休みも忘れていたとはな。父親失格だな。
ここ数か月、パテント・モトールヴァーゲンのことばかり考えていたのだった。
まあ、それはそれとして。
電報を打とう。ベルタの実家宛だ。
道中は連絡がつかないなら、目的地に電報を送るまでだ。
カールは書斎の机に座ると、電報用の便箋を取り出して、こう書いた。
………………………………………………
ベルタコレミタラスグモドレ
ソノクルマハマダミカンセイ
………………………………………………
「クララ、ティルデ、ちょっと電信局へ行ってくる。」
「行ってらっしゃい。」
「てらっしゃーい。」
◇
そう、当時は携帯なんかなかったからね。固定電話もまだ一般に普及していなかった。だから、一番速い連絡手段は電報だったのだ。
◇
それにしても、クララもティルデも驚いた様子がない。
多分、ベルタから事前に聞かされていたな。お土産買ってくるから大人しくお留守番しててね、でもお父さんには内緒よ、とか言われているのだ、きっと。
また私だけ蚊帳の外か。
まあいい。とりあえずベルタの実家に電報を打とう。
◇
「おみやげはあんずのケーキがいいわ。」
「大丈夫、きっとあんずのケーキよ。お父さんも大好きだからね。」




