01.プロローグ(旅はもう始まっている)
1888年8月。ガソリン自動車の発明者カール・ベンツの奥さんベルタが、カールに内緒で敢行したとされる、世界初の自動車による長距離旅行。この史実をネタに、ちょっとうるさめのナレーションが入った短編映画みたいな感じに書いてみました。良かったら最後までお付き合い下さい。
「ベルタ。」
◇
世界で最初の「自動車」とは、一体どんなものだったのか?
世界初の「自動車」と言われるのは、1769年にフランスのニコラ=ジョセフ・キュニョーが開発したと言われる蒸気機関による三輪自動車、いわゆる「キュニョーの砲車」である。
この「キュニョーの砲車」、大砲を運搬するために作られた、いわばトラックである。三輪車で、前の一輪が駆動と操舵を担当する前輪駆動車であり、駆動方式だけを取り上げれば、現代の乗用車と同じレイアウトを持っている。
だが、大砲を運ぶためのトラックであるこの車にとって、荷物を多く積むほどに駆動輪である前輪の荷重が小さくなり、駆動輪が空回りするおそれがあるこのレイアウトは、正直向いていなかったのである。
「ベルター?」
そして、おそらくはその欠点を補うために、「キュニョーの砲車」は駆動輪である前輪のすぐ前に大きく重たい蒸気機関が置かれている。このため、空荷の状態では車体の前部がアンバランスに重い。
また、駆動輪と操舵輪が同一であるため、駆動力を掛けながら同時に操舵を行おうとすると、車輪のグリップ(路面との間の摩擦力)を駆動と操舵で使い切ってしまい、結果、思うように曲がってくれなくなる恐れがある。
これは現代では「アンダーステア」という名前で知られている現象である。
現代の車では、この現象はタイヤの性能でかなりカバーされているが、当時の車輪は木製で、それに鉄板をまきつけたものだったから、この前輪駆動に起因する「アンダーステア」は不可避だっただろう。
「ベルター。」
そして、やはりというか、「キュニョーの砲車」は世界初の自動車事故を起こしてしまう。試運転中に壁に激突してしまったのだ。
なにぶん古い話なので、この「アンダーステア」が原因だったかどうかはもはや分からないが、試運転中に、前輪に駆動力をかけながら舵を切ったところ、舵が効かず、そのまま直進して壁に激突してしまった、というのは大いにあり得る話なのではないかと思う。
それ以外にも、ボイラーが小さいため連続15分程度しか稼働できない、といった実用上看過できない欠点があり、結果、「キュニョーの砲車」は馬の代役を務めるまでには至らなかったようだ。
「ベルター、何処に居るんだい?」
その後、ニコラウス・アウグスト・オットーの手により4サイクルの内燃機関が発明され、この蒸気機関よりもはるかに軽量小型で高効率な動力源が、その後の自動車の歴史を変えることになる。
この内燃機関に目をつけたカール・ベンツとゴットリープ・ダイムラーは、ほぼ同時期にガソリンエンジンを搭載した自動車を発明するが、特許の申請がわずかにベンツの方が早かったらしい。
カール・ベンツは、この小型で高出力の内燃機関を横倒しにして、乗員の座席の直後、前輪と後輪の車軸の間に重心が納まるように配置し、後輪を駆動した。今でいう「ミッドシップ・レイアウト」である。
「ベルター、居ないのかい?」
これにより車体の重量バランスは前後均等に近く、また操舵輪と駆動輪が分離されたため、「キュニョーの砲車」のような制御不能なアンダーステアに陥る心配はなかっただろう。もっともそれは、当時の自動車の性能(最大出力1〜2馬力、最高速度十数km/h)においての話ではあるが。
そんなわけで、カール・ベンツは「最初の自動車」の発明者にはなれなかったが、「最初の内燃機関自動車」の発明者という名誉に浴することになったのである。その車の名前は、「ベンツ・パテントモトールヴァーゲン」という。
さて、前置きはこれくらいにしておこう。
旅は、もう始まっているようだ。
◇
「ベルター?」
妻のベルタがいない。
そういえば、息子達の姿も見当たらない。
何処へ行ったんだ?
テーブルの上を見ると、朝食の用意がしてある。
そして、そのテーブルの上には、一枚の紙が置かれていた。
そこには、こう書かれていたのである。
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カールへ
息子達と、ちょっと実家へ帰ってきます。
あなたのパテント・モトールヴァーゲンで。
無事に着いたら電報を打ちます。
心配しないで。
愛しています。
ベルタ
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「ベルターーーーー!!」




