10.あんずのケーキ
「明日帰るんでしょ?」
「うん。」
「ケーキ焼くから持っていって。」
「あれね、あんずのケーキ。」
「そう。みんな好きでしょ?」
「手伝うわ。」
◇
ベルタ達がマンハイムに帰る前日、アウグステとベルタの母娘は、台所であんずのケーキを作っていた。
「マンハイムでも作ってみたことあるけど、母さんの味にならないのよね。」
「あんずが違うのよ。あれは昔からこの辺で作られてた品種でね、他では手に入らないわ。」
「大きくて香りがいいけど、でも生で食べると酸っぱいのよね。」
「そうそう。でもシロップ漬けにすると香りが良くて飛び切り美味しいの。」
アウグステは、今年獲れたあんずで作ったシロップ漬けの壺を棚から出した。
「切って並べるわね。」
「うんお願い。」
ベルタ、あんずのシロップ漬けを櫛形に切って、生地の上に並べる。
◇
「カールさんてさあ。」
「何?」
「変人よね。」
「うん間違いなくそう。」
「独り言多いしね。」
「あれは頭の中で考えてることが口から出ちゃうんだって。」
「まずいわねそれは(笑)」
「普段からじゃないんだけど、考え事に夢中になったりすると出るみたい。」
「よく特許なんか取れたわね。」
「ほんとよ。」
アウグステ、出来上がった生地をオーブンに入れる。後は焼き上がりを待つだけ。
「でもさ、あんたがいれば大丈夫でしょ?」
「そのつもりにしてるけど。」
「あんたはさ、シロップなのよ。」
「へ?」
「でね、カールさんがプフォルツハイムのあんずなの。」
「そうか。」
ケーキの焼けるいい匂いがしてきた。
◇
「あんたが乗ってきたあの名前の長い車さあ。」
「ベンツ・パテントモトールヴァーゲンね。」
「なんか綺麗なのよ。」
「へ?」
「佇まいがいいの。あれは天才の仕事よ。」
「そうかなあ。」
「本当にいいものはね、佇まいが美しいの。」
「そっか。」
「あんた、カールさんをちゃんと美味しいケーキにしてあげるのよ。」
「オーブンで焼けばいいのかしら(笑)」
◇
翌朝、ベルタ達は帰路に着いた。
帰りは、東側から台地を降りるルートを選び、そこからブルッフザールを通ってライン川沿いの低地に出ることにした。そうする事で、急坂の峠を避け、距離も少し短くなった。燃料はプフォルツハイムで買い込んで、途中ブルッフザールで追加調達することにした。
今度は上手くいきそう。
◇
「ブレーキからなんか音が出てるよ!」
「もうちょっとで下り坂が終わるから、それまで持ちこたえて!お願い……!」
往路で酷使した木製のブレーキシューは、すり減ってヒビが入り始めていた。
それでも何とか坂を下り切ったベルタ達は、これを修理すべく、その先の町で見つけた靴屋に駆け込んだ。
「これに皮を貼って欲しいの!」
「………何ですかこれ?」
「車のブレーキ。」
「何それ靴じゃないの?」
……………………
結局こんな感じで、パテント・モトールヴァーゲンの応急修理と現場合わせの改良は、まだまだ終わらない。
ああ、ごめんねカール。
夕方までに帰れないかも知れない。
このあと駆動用ベルトも切れて応急修理したみたいです。
本編はこれにて終了。次回エピローグで完結となります。




