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姫と元野獣  作者: 千魚
13/14

姫と心の支え 後


『マーガレット。ごめんね、今行く』


すごく永く、感じられた。


リヒャール様……リヒャール様、リヒャール様!

戻って来た繋がりにホッとする。リヒャール様、無事だった! 開かない目尻から涙が零れる。


「マーガレット!!」


それはまさに目の覚めるような鮮烈さで、わたしの耳に飛び込んで来た。


ふわりと、澱んでいたモノが流れ出すかのような感覚。


「ごめんね、マーガレット。マーガレット……っ!」


そして、ようやく感じる温もり。

あぁ……リヒャール様だ……。


「殿下。申し訳ありません、私の力では解毒に至らず……」


「いや。よく保たせてくれた、ありがとう。マーガレット、今助けるよ」


冷えきって凍えていた体が、リヒャール様の触れた所から息を吹き返す。氷がゆっくり溶けるように、体に血の気が巡りだした。


「『ウェネディカーメン』」


精霊術を呟いたリヒャール様が、そっとわたしの瞼に触れる。あったかい。


チュ……チュ……


右、左、右、左と繰り返されて、


「……マーガレット、どう? 目を開けて……?」


真っ暗だった瞼の裏に光を感じる。

ぐっ、と力を込めて……何度か繰り返すうちに、ピクリと動いた。


「マーガレット……!」


祈るような声に後押しされて無理やり力を込め続ける。そのうち、うっすらと感じる光が増えていって……


「あぁ……良かった……!」


今にも泣きそうなリヒャール様の顔が見えた。


「……」


「無理に喋ろうとしないでイイよ、ちょっと待ってね……」


眩しい光を背にしたリヒャール様は、初めて会った時と同じ、精霊のように見えた。


どこかから取り出した小瓶の中身を口に含み……わたしに、そっと口移しで飲ませてくれる。

神々しい光を帯びたリヒャール様の口付けは神聖な儀式のようで、羞恥も忘れてその光景を目に焼き付ける。


「……どう?」


心配そうな眼差しに胸が痛んだ。楽しい思い出をたくさん作ってあげようと思ったのに。

わたしが迷惑をかけてしまった。


「……る、さま……」


「うん」


「り、ひゃー、る、さま」


「うん、マーガレット」


「りひゃーる、さ、ま」


「うん。ここにいるよ」


「ごめ、なさい、りひゃーるさま」


「マーガレット……っ! マーガレット! 無事で良かった、マーガレット!!」


ぎゅううっとキツく抱きしめられた。まだ自由のきかない手足がほわり、温かくなっていく。

誰よりも優しい温もり。不安に怯えていた心が解放されて、涙が溢れた。


助かった安堵。リヒャール様やみんなに迷惑をかけてしまった申し訳なさ。自身の情けないほどの不甲斐なさ。駆けつけてくれたことへの喜び。

いろんな感情がごちゃ混ぜになって涙と嗚咽が止まらない。


「マーガレット……マーガレット……」


「リヒャ、ル、様」


ほんの少し動くようになって来た手で、リヒャール様の服の裾を掴む。確かな感触が心強くて、嬉しかった。


「守るって約束したのに遅くなってごめん。怖い思いをさせて、ホントにごめん」


お互いの肩口に顔を埋めているから見えないけれど、リヒャール様の声も涙で湿っている。よほど心配させてしまったのだろう。胸が、苦しい。


「あ……が、とう、リヒャール、さま」


見つけてくれて。助けてくれて。来てくれて。出会ってくれて。愛してくれて。


気付いてしまった。思い知らされた。

わたし、リヒャール様が好きだ。


例えリヒャール様の気持ちが刷り込みのせいだって、家族愛みたいなものだとしたって、わたしの気持ちは変わらない。

バイドに抱く「好き」とは少し違う、この想い。

バイドがリヒャール様になって、反発して、戸惑って……逃げたり、話したり、恥ずかしがったり、たくさんたくさん考えて、ようやく、この「好き」に気付いた。


自分の身が危機に陥ってやっと思い知るとか……わたし、馬鹿だ。


「殿下。精霊様が」


「……あぁ」


ふいにかけられた声にリヒャール様が宙を見上げた。つられて目を上げて


「わ、ぁ……!」


飛び込んで来た光景に思わず見入る。


天井近く、精霊の白い光が輝いていた。


わたしの頭上で円を描くその光は、回転しながらキラキラと帯を垂らして、カーテンのごとくひらめいている。ここだけ……リヒャール様とわたしのいる場所だけが、光の天蓋で囲まれているかのようだった。


「ありがとう。還ってイイよ、ゆっくり休んで」


リヒャール様の真摯なその言葉が、精霊達にも理解できたのかもしれない。

瞬いた光が弱まって、流れ星みたいにスッと落ちる。そして、わたしの髪の房に納まった。


まさか……本当に精霊たちが守ってくれていたなんて……。ペィリーヌ様の言葉を思い出す。

そういえば、近付こうとしたロメオが驚いているようだった。


なんとか動くようになってきた片手を持ち上げ、光の残滓漂う髪に触れた。


「あり、が、とう」


おかげで、これ以上事態を悪化させずに済んだ。助けてくれてありがとう。


「……あ、れ?」


残滓すら霧散していくにつれ、また瞼が重くなる。今度のは嫌な怠さじゃない。純粋で猛烈な眠気だった。


「眠ってイイよ。精霊の力を使った反動が来たんだ。大丈夫、次に目が覚めた時には、全部終わってるから」


体を支えてくれているリヒャール様の手が、優しく背中を撫でてくれる。わたしの大好きな、大きな手のひら。


「安心しておやすみ、マーガレット」


おでこに落とされた温かいキス。ちょっと前まであんなに恥ずかしかったのに、今は幸せを感じた。涙が出るくらいに愛しい。


「愛してる。無事でいてくれて、ありがとう」


優しい優しい、大好きな声。「ありがとう」はわたしのセリフなのに……。


ぶわっと膨らんだ気持ちが溢れてしまいそうだ。リヒャール様を好きだという、この気持ちが。


「リヒャ、ァル様」


「うん?」


「……」


「マーガレット?」


こんな気持ちを伝えたって、迷惑に違いないのに。

夢現に思いながら、わたしは深い眠に落ちていった。


「愛してるよ、マーガレット。おやすみ」


心の中で、「わたしも」と応えながら。

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