姫と心の支え 後
『マーガレット。ごめんね、今行く』
すごく永く、感じられた。
リヒャール様……リヒャール様、リヒャール様!
戻って来た繋がりにホッとする。リヒャール様、無事だった! 開かない目尻から涙が零れる。
「マーガレット!!」
それはまさに目の覚めるような鮮烈さで、わたしの耳に飛び込んで来た。
ふわりと、澱んでいたモノが流れ出すかのような感覚。
「ごめんね、マーガレット。マーガレット……っ!」
そして、ようやく感じる温もり。
あぁ……リヒャール様だ……。
「殿下。申し訳ありません、私の力では解毒に至らず……」
「いや。よく保たせてくれた、ありがとう。マーガレット、今助けるよ」
冷えきって凍えていた体が、リヒャール様の触れた所から息を吹き返す。氷がゆっくり溶けるように、体に血の気が巡りだした。
「『ウェネディカーメン』」
精霊術を呟いたリヒャール様が、そっとわたしの瞼に触れる。あったかい。
チュ……チュ……
右、左、右、左と繰り返されて、
「……マーガレット、どう? 目を開けて……?」
真っ暗だった瞼の裏に光を感じる。
ぐっ、と力を込めて……何度か繰り返すうちに、ピクリと動いた。
「マーガレット……!」
祈るような声に後押しされて無理やり力を込め続ける。そのうち、うっすらと感じる光が増えていって……
「あぁ……良かった……!」
今にも泣きそうなリヒャール様の顔が見えた。
「……」
「無理に喋ろうとしないでイイよ、ちょっと待ってね……」
眩しい光を背にしたリヒャール様は、初めて会った時と同じ、精霊のように見えた。
どこかから取り出した小瓶の中身を口に含み……わたしに、そっと口移しで飲ませてくれる。
神々しい光を帯びたリヒャール様の口付けは神聖な儀式のようで、羞恥も忘れてその光景を目に焼き付ける。
「……どう?」
心配そうな眼差しに胸が痛んだ。楽しい思い出をたくさん作ってあげようと思ったのに。
わたしが迷惑をかけてしまった。
「……る、さま……」
「うん」
「り、ひゃー、る、さま」
「うん、マーガレット」
「りひゃーる、さ、ま」
「うん。ここにいるよ」
「ごめ、なさい、りひゃーるさま」
「マーガレット……っ! マーガレット! 無事で良かった、マーガレット!!」
ぎゅううっとキツく抱きしめられた。まだ自由のきかない手足がほわり、温かくなっていく。
誰よりも優しい温もり。不安に怯えていた心が解放されて、涙が溢れた。
助かった安堵。リヒャール様やみんなに迷惑をかけてしまった申し訳なさ。自身の情けないほどの不甲斐なさ。駆けつけてくれたことへの喜び。
いろんな感情がごちゃ混ぜになって涙と嗚咽が止まらない。
「マーガレット……マーガレット……」
「リヒャ、ル、様」
ほんの少し動くようになって来た手で、リヒャール様の服の裾を掴む。確かな感触が心強くて、嬉しかった。
「守るって約束したのに遅くなってごめん。怖い思いをさせて、ホントにごめん」
お互いの肩口に顔を埋めているから見えないけれど、リヒャール様の声も涙で湿っている。よほど心配させてしまったのだろう。胸が、苦しい。
「あ……が、とう、リヒャール、さま」
見つけてくれて。助けてくれて。来てくれて。出会ってくれて。愛してくれて。
気付いてしまった。思い知らされた。
わたし、リヒャール様が好きだ。
例えリヒャール様の気持ちが刷り込みのせいだって、家族愛みたいなものだとしたって、わたしの気持ちは変わらない。
バイドに抱く「好き」とは少し違う、この想い。
バイドがリヒャール様になって、反発して、戸惑って……逃げたり、話したり、恥ずかしがったり、たくさんたくさん考えて、ようやく、この「好き」に気付いた。
自分の身が危機に陥ってやっと思い知るとか……わたし、馬鹿だ。
「殿下。精霊様が」
「……あぁ」
ふいにかけられた声にリヒャール様が宙を見上げた。つられて目を上げて
「わ、ぁ……!」
飛び込んで来た光景に思わず見入る。
天井近く、精霊の白い光が輝いていた。
わたしの頭上で円を描くその光は、回転しながらキラキラと帯を垂らして、カーテンのごとくひらめいている。ここだけ……リヒャール様とわたしのいる場所だけが、光の天蓋で囲まれているかのようだった。
「ありがとう。還ってイイよ、ゆっくり休んで」
リヒャール様の真摯なその言葉が、精霊達にも理解できたのかもしれない。
瞬いた光が弱まって、流れ星みたいにスッと落ちる。そして、わたしの髪の房に納まった。
まさか……本当に精霊たちが守ってくれていたなんて……。ペィリーヌ様の言葉を思い出す。
そういえば、近付こうとしたロメオが驚いているようだった。
なんとか動くようになってきた片手を持ち上げ、光の残滓漂う髪に触れた。
「あり、が、とう」
おかげで、これ以上事態を悪化させずに済んだ。助けてくれてありがとう。
「……あ、れ?」
残滓すら霧散していくにつれ、また瞼が重くなる。今度のは嫌な怠さじゃない。純粋で猛烈な眠気だった。
「眠ってイイよ。精霊の力を使った反動が来たんだ。大丈夫、次に目が覚めた時には、全部終わってるから」
体を支えてくれているリヒャール様の手が、優しく背中を撫でてくれる。わたしの大好きな、大きな手のひら。
「安心しておやすみ、マーガレット」
おでこに落とされた温かいキス。ちょっと前まであんなに恥ずかしかったのに、今は幸せを感じた。涙が出るくらいに愛しい。
「愛してる。無事でいてくれて、ありがとう」
優しい優しい、大好きな声。「ありがとう」はわたしのセリフなのに……。
ぶわっと膨らんだ気持ちが溢れてしまいそうだ。リヒャール様を好きだという、この気持ちが。
「リヒャ、ァル様」
「うん?」
「……」
「マーガレット?」
こんな気持ちを伝えたって、迷惑に違いないのに。
夢現に思いながら、わたしは深い眠に落ちていった。
「愛してるよ、マーガレット。おやすみ」
心の中で、「わたしも」と応えながら。




