姫と邪神(?) 1
精霊の力を借りた反動。リヒャール様はそう言った。
これまで精霊と馴染みのなかったわたしにとって、それはなかなかに重い負担だったらしい。目が覚めたのは、驚いたことに4日後の昼だった。
「ロメオ・ハーバース様たちと実行犯は王都に移送されました」
泣き腫らしたジュリに抱きつかれながら、わたしはその後の話を聞いた。
実行犯の2人は、ロメオが雇ったその道のプロだった。
道中で何度かわたしを狙ったものの、精霊に守られているせいで魔術が効かなかったのだそうだ。害することも催眠で誘い出すこともできず、今回の直接的な実力行使に至ったと供述している。
ちなみにその2人は、リヒャール様が精霊術で捕らえた、と教えられた。リヒャール様は、わたしの危機を知るや否や、人目も憚らず精霊を使役し始めたらしい。「最初からこうしてたらマーガレットを危険な目に遭わせなかったのに」とか「償え精霊ども!」とか、かなり荒ぶっていたんだそうだ。
「本当に……恐ろしい目に遭いました……」
話を聞くうちに、わたしはジュリの言う「恐ろしい」が半分ほどリヒャール様を指していることに気付いた。わたしに万が一のことが起こるだなんて考えるだけでも恐ろしい……もちろんリヒャール様の怒気も含めて……ということのようだ。
「ジュリも、精霊を見たの……?」
わたしが今回目にしたのは、天蓋のような美しい光景だった。ジュリはどんなステキな光景を見たのやら。
「もちろんですとも。こう……リヒャール様の御髪をザッと逆立てて……白い光が炎のように指先でユラユラと……」
よほど怖かったのだろう。つい先日「イイと思いますよ」とリヒャール様を推した人物とは思えないほど、蒼白になって震えている。
「リヒャール様も…………目を煌々と光らせて精霊を使役する様は、こう言っては何ですが……言い伝えに聞く邪神のようでございました……」
……あれ? ジュリって、わたし以上に信仰心皆無だっけ?? うーん、そんな怖がりだった覚えはないけど……?
たぶん、精霊が使役される様も、精霊術を駆使するリヒャール様も、この上なく神秘的な光景だったんじゃないかと思う。それを、美しいととるか、恐ろしいととるかの違い……じゃないかな? だってリヒャール様が邪神って。想像つかない。
「あ、そういえば、『根回し』って言うのは?」
リヒャール様が言ってた気がする。ふと、思い出した。
誘拐されるのは初めてだし、なんなら誘拐されたヒトも他に知らない。だから、こういう時の根回しって、何をするものなのか、ちょっと気になる。
「あぁ、そちらは問題ございません。リヒャール様が『トッカを更地にしてでも今すぐ救い出す』と禍々しい形相で仰られた時に、教会から使者の方がいらっしゃって」
……ん?
「精霊のお告げ、って言うんですかね? 聖皇国の偉い方から教会に特殊な伝令があったらしいんですよ。なので、根回しは基本、聖王国と教会にお任せしました」
「え。サンサーン国内のことなのに?」
「えぇ。あちらの方がよっぽど頼りになりそうでしたし、何より、我々ではリヒャール様を止められませんでしたから」
ジュリによると、リヒャール様宛に『国境待機中の大司教を至急派遣するから早まるな。とにかく1回教会に来て連携を取れ、このままじゃ、あれこれ壊滅する。それはさすがにサンサーンの姫に嫌われるんじゃない?』って感じの緊急伝言……というか緊急命令? があったらしい。
わたしの誘拐なんていう一大事に加え、初めて目の当たりにする精霊術のせいで半ば恐慌状態だったジュリ達は、救いの神とばかりにこの伝言に飛びついた。
……って、壊滅……???
たぶん、そのお偉いさんはペィリーヌ様じゃないかと思うけど……たぶん、双子の神秘で何か感じるものがあったんだよね……?
「それで、姫様に嫌われるのは勘弁だと、ギリギリ、人間に戻ったリヒャール様が護衛の騎士達を連れて教会に行って……」
……。ギリギリ……。
「いくら自由越境権のある大司教様といえど、移動には時間がかかりますからね。国境からのご到着を待つ間に、教会による聖敵認定、教会経由での王都への連絡、実行犯の特定なんかが行われました。あ、実働部隊はリヒャール様だったようですが、ありがたいことに、表立った部分は全て、大司教様のお名前をお借りできました」
「……ねぇジュリ。聖敵って? 聞いた事ないんだけど」
とりあえず、表向きはただの道案内であるリヒャール様が目立つことは避けられたようだ。わたしと一緒に皇子がいるなんてバレたら大変だった。
とは言え、ジュリ達では、領主やバカロメオに立ち向かうのは無理だっただろう。田舎暮らししてると感覚が緩くなるけど、こういう時にはやっぱり、身分社会なんだと感じる。平穏無事な救出のために尽力してくれた大司教様は大恩人だ、わたしからも改めてお礼を言おう。実際、助けられたし……あ、ペィリーヌ様にもお礼、言わなきゃ……。
「聖敵は簡単に言うと『全教会の敵』ってことらしいですよ。『教皇の認めた聖女を害する者は須らく全教会の敵である』って仰ってました」
「なんか……仰々しいって言うか……すごい大事になってる……?」
わたしのせいで、申し訳ない。
「てか、ジュリ的には姫様は『聖女』の方をお気になさるべきだと思いますね」
「聖女? って何?」
耳慣れない単語の大行進だ。正直、「大司教」だの「教皇」だのも馴染みがない。宗教用語って難しいよね。
と言うか、聖教会って、なんでもかんでも「聖」をつければイイと思ってない?
「姫様のことですよ」
「何が?」
「だから『聖女』ですってば」
「ふーん? で、ソレって何?」
「さぁ? でも、ロメオ・ハーバース様を教会の敵にしたのは姫様なんです。姫様に手ぇ出すからには全教会と聖皇国を敵にまわすぞ覚悟しろ、って意味でしょうからね」
「は……!?」
「ま、詳しいことはリヒャール様に訊くとイイんじゃないですか?」
あ、出立は姫様の体調が戻り次第速やかに、の予定です。
最後にそう言い置いて、ジュリはわたしの目覚めをみんなに知らせるべく出ていった。
なんか今……とんでもない爆弾、放り投げて行かれた気分……。




