したい事とされたかった事
小さな灯りはもう消されて、子犬と兄の二人の部屋を照らすのは窓から差し込む仄かな星明かりだけ。子犬は汗ばんだ体を兄に支えられて、喘ぎながら呼吸をする。兄は優しい声で語りかけながら、涙で濡れた子犬の頬を拭って乱れた髪を指で梳く。
程なく呼吸も治って、子犬が兄の胸にもたれると規則正しい鼓動が聞こえる。兄の両腕にゆったりと包まれ、子犬は軽く目を閉じて心地好いその音を聞く。先ほど子犬が乱れていた時もそれは規則正しいままで、子犬はちょっと首を傾げて兄を見上げる。それから何か思い付いたように悪戯そうに笑って、腕を伸ばして兄に触れる。いつも兄が自分にする様に、頭を軽く撫でて黒く短い髪を指で梳く。兄は子犬にされるがまま、楽しそうに笑っている。頬に触れると子犬の手に手を重ねて頬擦りをした。子犬はふふっと笑って、膝立ちをして向かい合う。視線の高さがいつもと逆になって、兄が子犬を見上げる。子犬は胸の辺りにある兄の顔に両手を添えてじっと見つめる。吐息が掛かる程の距離で「兄い」と囁きかける。兄は「何だい」と子犬の名前を呼ぶ。薄暗がりの中でも子犬の目元がまた赤く染まっているのが兄には見えた。
「あのね」
子犬は熱のこもった声で言う。
「俺は、兄いにこんな風に撫でられると嬉しくて」
「うん」
兄は優しく笑いかけて子犬の背に手を回す。薄暗がりの中でも兄の視線を感じて、子犬は体が熱くなってくる。
「兄いは?」
頬を撫でて輪郭をなぞり、首筋に触れる。
「俺も嬉しいよ」
兄はそう答えて、目を細めて笑う。触れた首筋から伝わる兄の鼓動は規則正しいままで、子犬は兄を胸に抱き寄せる。黒い髪に頬擦りして兄の匂いを嗅ぐと、子犬を愛しく思う匂いと嬉しいと思う匂いがした。子犬はもう少し違う匂いも嗅ぎたかったけれど、嬉しいと言う兄の言葉は紛れもない本心だったので、小さく「ん」と頷いて、そのまま暫くの間、兄を胸に抱き寄せる。兄は速くなる子犬の鼓動と、熱っぽい体温を感じていた。




