子犬が兄の視線に鼓動が速くなる事
子犬の今の仕事は屋敷のお使い係だった。言付けや届け物をする為に、小さな谷と古い城壁に囲まれたこの町を駆け回っている。だから町の誰もが子犬が身軽で瞬足なのを知っていた。それだけでなく子犬が尋常ならざる大力を持ち、体力も底抜けな事も知られていた。坂道の多い町を端から端まで駆けても息一つ切らさない。途中で町の人に力仕事を頼まれた時も鼻歌混じりでこなす。だから子犬が汗をかいたり息切れする様子を誰も見た事が無かった。
けれど兄と二人きりの時は別だった。
子犬が兄に抱き付いて胸に耳を当てると規則正しい鼓動が聞こえる。抱き寄せられて大きな手で撫でられて頬を染める。照れ笑いをして見上げると兄と目が合う。優しくて楽しげで自分を愛し気に見つめる深い色をした目。その目に見つめられて、子犬の心臓が大きく跳ねる。名前を呼ばれて、いつもより甘えた声で返事をする。視線を合わせていると、どきどきと鼓動が速くなり体温も上がる。熱で目が潤んで、意識が霞んでくる。けれど苦しくはない。もっと、と思う。呼吸が荒くなって喘ぐように息をする。涙で兄の顔が滲んで、それでも兄の視線を感じていた。子犬は無意識に喉の奥できゅんと鳴く。顔を寄せて耳元で名前を呼ぶ声、包むように頬を撫でる掌、服越しに伝わる体温と匂い。その全部が子犬を昂らせる。兄の指先が汗で薄ら湿った子犬の首筋に触れる。「あ」と子犬は上擦った声を上げて、その声に更に赤面する。兄は優しく笑って愛撫を続ける。子犬は途切れ途切れに兄を呼び、もっと、と袖を引いた。




