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子犬が兄の持ち物に興味を抱く話

子犬が兄に拾われて、小さな谷と古い城壁に囲まれたこの町に来た日の事。子犬は兄の弟として屋敷で暮らす事になった。着替えなど身の回りの物は屋敷から支給される。兄と子犬が屋敷内を執り仕切る幼馴染の所に行くと、兄と親しい若い厩番が世話を焼きについて来てくれた。

「部屋はどこにしようか。兄弟一緒が良いよねえ」

「そうだね。俺の部屋にすれば良いよ」

兄が当たり前のように言うと、厩番は呆れた声で聞き返す。

「あのガラクタ部屋に?無理だろ?」

幼馴染も訝しげに「大丈夫なのかい?」と聞く。

「片付けてはあるよ」

兄はにこにこ笑って答える。子犬は少し首を傾げて会話を聞いていたが、幼馴染を見上げて言った。

「兄いの部屋が良い、です」

幼馴染は「ん。分かった」と答えて少し考える顔をして、厩番は「おいおい」と頭を掻く。

「まあ、部屋を見てから決めるとするかい」


通常、屋敷で働く奉公人たちは数人の相部屋で生活する。兄も以前は他の仲間と同様に相部屋にいた。働きが良い事など色々あって特別に個室が認められ、屋敷の端のあまり使われていなかった一室が一人部屋として与えられた。始めは珍しさもあって、元同室の厩番はじめ仲間が遊びに来ていた。けれど兄が留守がちなのもあって次第に出入りは減って、最近では部屋の戸は殆どの間は静かに閉じられたままだった。


部屋の前に着くと、兄が戸を開けて先に入る。その後ろから子犬は部屋を覗く。窓から射し込む冬の午後の日差しに照らされた室内は、良く言って物置、どう見ても無秩序なガラクタの山々だった。床にまでよく積んだものだと思うほど本や見知らぬ品々が置かれ、その間に人が一人歩けるだけの隙間があった。流石に驚いて目を丸くしている子犬を、兄は笑って手招きする。子犬が一歩踏み入れると、数え切れないほどの様々な匂いに包まれた。どこか知らない国の知らない人達の手を渡って来た、知らない品々の匂い。子犬は酔ったようにくらくらとする。これだけ雑然としているけれど、意外と埃っぽくは無かった。部屋の入り口から覗いた幼馴染は呆れた声を洩らす。

「こりゃ聞きしにも勝るな」

若い厩番は開けた戸に寄り掛かり片足だけ部屋に突っ込んで言う。

「なあ。これ片付けてあるって言うのか?床にも山積みにしやがって。窓開けるのさえ大変なんだよ」

兄はどこ吹く風で答える。

「どこに何があるかは分かってるから。机と寝床はすぐ使えるし」

言われれば辛うじて、そこには物が積まれていない。厩番は苦りきった顔で、目眩が治まってきょろきょろと部屋を見渡している子犬に言う。

「ほら、こんな有様だぞ。どうする?」

子犬は兄を見上げる。

「ここが兄いの部屋?」

「そうだよ。確かに二人には狭いから、少し物を減らさないとだけど」

子犬は嬉しそうに「うん」と頷く。

「おいおい」と厩番は呆れて空を仰ぎ、幼馴染は「それじゃあ決まりだね」と笑う。

兄は厩番を振り返って良い笑顔で言う。

「留守の間、君が換気をしてくれただろ?お陰で少しも埃っぽくない。すぐ使えるよ」

厩番は舌打ちをして答える。

「いつもの一瓶奢れよ」

「ふた瓶奢らせてくれないかな」

「あ?」と厩番は睨む。

「この片付け手伝わせる気かよ」

「駄目かな」

一応下手に出つつ良い笑顔のまま言う兄に、厩番はせいぜい柄の悪い顔をして見せる。

「しょうがねえ、このちびがかわいそうだしな」

そう言って子犬の頭を雑に撫でた。

兄は手際良く荷物を選別して、子犬と厩番は言われるままに通路と部屋を往復して荷物を運び出す。幼馴染は通路で監督して「よくまあ集めたねえ」と、もはや感心したように言う。最終的に部屋に残ったのは机と寝台の他、兄の旅道具と机上の数冊の本と手紙一式、衣類の箱ひとつ、片付けた荷物の後ろから出てきた棚。子犬の物を運び入れて、無事に部屋の片付けは終わった。

「で、こっちの山はどうするんだ?」

通路に出来た荷物の山を横目に伸びをしながら厩番が聞く。

「欲しいと言ってくれる人に譲ろうかと」

「まあ、欲しい奴はいるだろうな。珍しいもんも多いし」

「え」

子犬は困った顔して兄を見た。通路の山の中には子犬から見ても貴重だと思われる物もあった。そもそも兄に必要な物だったのではないのかと心配になる。兄は笑って子犬の頭を撫でて言う。

「元々そのつもりだったから、ちょうど良い機会だよ。明日届けに行こう、お前の挨拶も兼ねてね。手伝ってくれるだろ?」

「手伝う」

赤い髪をくしゃくしゃとされて、子犬は頷いた。


その後は夕食と、仕事帰りの屋敷の人達への挨拶をして、子犬にとって目紛しい一日が終わる。荷物の山で少し狭くなった通路を抜けて、子犬と兄の二人の物になった部屋に戻る。

「今日は疲れただろ?明日もあるから、早めに休もう」

兄にそう言われても子犬はまだ興奮気味で、疲れてないと思ったけれど素直に頷く。寝る支度を整えようとして、兄の寝台と別に子犬の寝具も与えられていた事に気付いて子犬は困惑する。昨日までは兄と二人で冬空の下、同じ毛布に包まれて眠った。屋根のある場所で自分の布団で手足を伸ばして休めるのは、普通ならほっとする事のはず。だから普通にしようと子犬は思う。大体もう小さな子供ではないのだから。でも最初に見たあのガラクタ部屋のままだったら、自分の布団なんか敷けなくて兄の寝台を一緒に使えたかも知れない。そう思って目が潤む。兄は部屋の真ん中で固まってしまった子犬に優しく笑いながら言う。

「こっちで一緒に休もうか」

子犬は首を横に振る。

「一人で、寝れるし」

兄は口をへの字に曲げている子犬の顔を覗き込むと「そうか」と穏やかに答える。

「でも一緒に寝た方が暖かいから、俺はそうして欲しいな」

兄は事もなげに言うと、子犬を抱き上げる。への字口のまま大人しく腕の中に収まる子犬を肯定の返事と受け止めて、兄は同じ布団に子犬を包み込んだ。


それからずっと、子犬の寝る場所と居心地よく片付けられた部屋の状態は変わらない。部屋に残った兄の持ち物を子犬は大切に扱った。毎朝の掃除の時も欠かさず埃を払う。

ある朝、いつものように掃除をしていた子犬は、ふとここにある物ひとつひとつに由来があると気付く。今までは、兄が遠出の際に持ち帰った物、としか認識していなかった。けれどいつ何処にあった物なのか、なぜ兄がそれを選んで持ち帰ってきたのか、今こうして子犬の目の前に至るまでの物語があるはずだった。子犬はそれが聞きたくなった。

子犬はひとつの木彫り細工に目を止める。小さいけれど精巧な細工が施され、素材は木のように見えるけれど、こんな真っ黒な木は見た事が無かった。専用の盤と駒を使って勝敗を競う遊びがあって、町の人が仕事の合間や炉端で良く遊んでる。それに使う駒に似ているけれど、ここにあるのは一個だけ。他の駒は子犬の友達の女の子達がままごとに使っているのを知っていた。駒を入れる箱も今は町のおかみさんが小物入れとして愛用している。

掃除の手を止めて棚をじっと見ている子犬に気付いて、兄が隣に並ぶ。

「兄い。これ、何処で手に入れた物?」

子犬に尋ねれて兄は楽しそうに笑う。子犬が指差した小さな駒を手に取り、子犬に渡す。手触りは滑らかで、木製の割に重かった。

「これは街道沿いの街まで行った時に、賭けに勝って一式貰ったんだ。暇をしていたご隠居に声を掛けられてね。話し相手のついでに何局か相手をしたんだよ」

「なんでバラバラにあげちゃったの?せっかく一式もらったのに」

「遊び方が少し違って、ここでは相手がいなかったんだよ。でもこの駒ひとつ見ても細工が綺麗だし、こうして飾っておくのも良いだろ」

「うん」

子犬は駒を眺めて、そっと棚に戻す。

「他所の国の人達も似た遊びをしてるんだと思うと面白いよね。この素材も、また別の国から運ばれた物だそうだ。その木が生えている姿も一度見てみたいね」

「俺も、兄いと一緒に見に行きたい」

子犬は期待に目を輝かせて笑う。兄も笑って頷いて、子犬のよく跳ねる赤い髪を撫でた。

2022.03.03 一部修正。

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