71/87
呼び合う話
子犬がとんとんと跳ねるように兄の前に寄って来て、顔を見上げて「兄い」と言った。「どうした?」と兄が聞くと、子犬は楽しそうに笑う。
「何でもないよ」
そう言って来た時と同じように軽い足取りで余所へ行ってしまう。兄がその後ろ姿をしばらく見ていると、子犬は振り向いてまた兄の元へやって来て「兄い」と言う。
「何かな?」
「呼んでみただけ」
子犬は声を立てて笑って、赤い髪を跳ねさせてまた数歩離れる。兄はそんな子犬を目を細めて見つめ、今度は兄が子犬の名を呼ぶ。
「なに?」
子犬は兄に飛び付く勢いで駆け寄って、弾けるような笑顔と声で聞いた。本当は聞かなくても、声音で理由は分かっている。兄は満面の笑顔で自分を見上げる子犬の頭を撫でて答える。
「お前の名前を呼びたかったんだよ」




