相変わらずよく食べる話
屋敷の台所当番は忙しい。献立は毎食ほとんど同じだし、主人達の食事も働き手と同じ質素な物だけれど、毎日朝晩、屋敷で暮らす全員分の食事の支度をして、昼にはお茶や軽食の用意をする。他にも冬の間の保存食や、遠く出掛ける者達のための携帯食料も作る。誰もが食べるのに困らないように、忙しいけれど大事な仕事だった。
今日も朝に皆んなを送り出したら、働き手達が昼休みに食べる焼き菓子を焼く。お祭りやお祝い事のお菓子ならばお酒に漬け込んだ干し果物や蜂蜜を入れたりするけれど、普段は刻んだ干し果物を入れただけの簡単な物。それでもやっぱり焼き上がりには香ばしい良い匂いが漂ってくる。そろそろ窯から出そうという頃、開け放しの台所の入り口から子犬が顔を出した。にこにこと笑いながら台所当番に聞く。
「何か手伝うことある?」
台所当番も笑って返す。
「味見の手伝いに来たんだろ?」
「うん」
素直な返事に台所当番は吹き出してしまう。
「まったく丁度よい時に来るねえ」
「味見以外も手伝うよ」
窯から出された焼き菓子から目を離さないまま、言い訳っぽく子犬が言う。実際、子犬は自分の仕事が空いた時に台所仕事の手伝いもしていた。料理は力仕事だ。子犬は小柄な見た目に反して驚くほど力があったから、焼き菓子分は十分働いていた。
「今度また頼むよ」
台所当番はからからと笑ってそう言うと、焼き立てをひとつ子犬に渡す。
「はい、味見係さん。熱いから気を付けてよ」
「やった!」
子犬は大喜びで両手で受け取って、少し吹いて冷ましてかじり付く。素朴な焼き菓子だけど、まるで特別な日のご馳走のように美味しそうに食べる。子犬の食べる様子はいつも幸せそうで、見ている方も気持ち良い。だから実の所、手伝いのお駄賃じゃなくてもついつい何かあげたくなる。それは町の中でも同様らしかった。子犬は屋敷のお使いで町中を駆け回っている。時々その途中に町のおかみさんに呼び止められて、ちょっとしたおやつを貰っていた。何だろうね、と町のおかみさん達は顔を見合わせて笑う。あの子がにこにこ食べている所を見ると、こっちまで笑ってしまうね、と言い合った。
味見が終わって満足そうな子犬に台所当番が聞く。
「今日はどこのお使い?」
「昼過ぎに、畑の様子見に行くお供をするよ。それまでは自由にして良いって」
「そうかい、じゃあ遊んでおいで」
「うん。ありがと」
子犬は手を振って台所を出る。
勝手口から一歩外に出て少し立ち止まり、子犬は町の音に耳を澄ませる。
水辺で遊んでる友達がいるな。そっちで一緒に遊ぼうか、それとも先生の所へ行ってみようかな。ちょっと走って谷の斜面の林まで行くのも良いな。
赤い髪を跳ねさせて子犬は駆け出す。小さな谷と城壁に囲まれたこの町の事は、兄に教えてもらったからどんな事でも知っていた。兄と一緒に歩いた道に、今度は子犬自身の経験を重ねていく。
2021.08.12 一部修正




