子犬が先生から兄の昔話を聞きたがる話
小さな谷と城壁に囲まれた町の少し奥まった所に良く手入れされた薬草畑と一軒家があって、そこにお医者の先生が一人で住んでいた。人間だけでなく家畜や農作物の様子も診る。それから子供達に手習いを教えもする。人だけでなく育てている薬草や作物、家畜達や季節毎に鳴く鳥の声にも耳を傾けて、育てる事と治す事を仕事としていた。けれど口数は多くなく、自分から何かを話す事はあまり無かった。
子犬は屋敷のお使い係として時々先生の所へやって来た。兄も昔から先生の所によく通っていて、先生の仕事を手伝っては薬や医学の知識を教わっていたと言う。子犬は兄からそう聞いていたけれど、先生からもその頃の話を聞きたくなった。兄の昔話について聞くと、先生はいつもと変わらない淡々とした話し方で特に言う事も無いように答える。
「あいつは今も昔もあまり変わらないがな」
「どんな風に?」
子犬に重ねて聞かれて、少しずつ昔の事を話す。
「賢い子供だったよ。知識に貪欲で」
「うんうん」
「他の子が読み書きを習っている頃に、うちの助手みたいな事をしていたもんだ」
「へええ」
先生の言葉が少なくても、子犬は何度も相槌を打って続きを促す。話してみると色々と思い出して来て、先生はふと懐かしい気持ちになった。
「けれどまあ、医者にはならないようだな。その内遠出の仕事をするようになったが、他所の土地の薬や書物を手に入れては土産に持って来てくれたよ」
子犬は身を乗り出して「それから?」と更に続きをねだる。けれど先生も忙しかった。世話をする薬草畑もひとつではない。育てた薬草で薬を作らなければならないし、回診の予定もあった。
「これから別の畑に行くから、今日はお終いだ」
すると子犬は手伝うと言い出した。
「早く終わったら、続きを話してよ」
返事を待たず外へ飛び出す。先生は呆れたように、けれど諦めて子犬を追って外へ出た。
畑仕事の手伝いは手習いの子供達もする事があるけれど、お互いおしゃべりをしたり手元が疎かになりがちで、なかなか目を離せない。その点、子犬は教えられた事はきちんとこなした。手際も良く、兄に教えてもらったからと薬草もそこそこ知っている。畑仕事を手伝いながら子犬は小さな声で口遊んだ。兄に教わった歌や弾き語りの語る物語、屋敷の炉端でみんなで歌う歌を気ままに歌う。少し離れて先生は黙々と畑の世話をする。いつもなら一人静かに考え事をする時間だった。子犬が手伝ってくれるのは悪い事ではないけれど、正直なところ考え事をするには気が散ってしまうと思っていた。けれど子犬の口遊む歌は風に揺れる木の葉の音や谷から流れる水の音と馴染んでいて、いつの間にか気にならなくなっていた。
屋敷に戻った子犬は兄と幼馴染が仕事をしている部屋へ顔を出す。先生から兄の昔話を聞いた事を楽しそうに話すと、幼馴染は兄をからかうように笑う。
「君が無茶言って先生を困らせたとか、悪事がみんなバラされる訳だ」
兄は何でもないような顔をして「別に、隠してはいないよ」と答えた。
その後も子犬が兄の話を聞く為に先生の所へ何度も通うので、兄は子犬を連れて先生の元を訪ねた。
「弟がお世話になっているそうで」と兄がお礼を言うと、先生は「ああ」と短く答えた。それから子犬を横目で見ると、小さく息を吐いて兄に言った。
「知りたがりで遠慮がない所は、お前さん達はよく似ているよ」
誉められてはいないのに、子犬はそれを聞いて照れたように笑う。




