子犬のお誘い
一日が終わり、屋敷の広間の憩いの時間もお開きになって、町の人は家路について屋敷の働き手達はそれぞれの部屋に戻る。子犬と兄も屋敷の端の二人の部屋へ戻る。通路を並んで歩きながら子犬は今日の出来事を兄に話し、兄はそれを楽しそうに聞く。子犬が新しく屋敷のお使い係になってから毎日の習慣だった。
兄は聞き上手でもあったので、子犬はいつも話し足りないくらいだった。寝台に腰掛けて撫でられながら、今日はどこで誰と何をしたか思い付いた順に話す。子犬の特技は町の人にも随分と頼りにされていた。子犬は少し照れながらも、町の人の手伝いをして喜ばれた事を兄に報告する。
話しながら欠伸をして、ふと子犬は黙ってしまう。どうしていつも話し足りなくなるんだろう、と思う。子犬は黙ったまま兄に凭れてずるずると滑り落ち、兄の膝に頭を乗せる。しばらくそのまま首を傾げて考える。兄は優しく子犬を撫でながら話の続きを待つ。
子犬は眠くなってきた頭で考える。毎日が楽しくて話したい事が多すぎるのかな?それとも足りないのは兄との時間?そう言えば前は寝る前だけじゃなくて、昼間もずっと一緒だったな。
何か思い付いた顔をして、兄をじっと見上げて言った。
「あの景色、見に行きたいな」
「どの景色かな?」
「あの、とっときの場所の」
「ああ」
兄は心得て笑う。とっときの場所と言うのは、二人で城壁の見回りをしていた時に何度か行った小さな岩棚の事だった。そこからはこの国が一望出来た。谷にある町と城壁と、谷を下った放牧地、その先の丘陵地、そのもっと先で丘が空とつながる所まで。けれどその岩棚へは谷の険しい斜面を行かなければならず、その絶景を知っているのは子犬と兄の他は空を飛ぶ鳥だけだった。
「いいね。俺もお前と見に行きたいよ」
兄がそう言うと子犬は照れて赤くなる。自分を撫でる兄の手に触れて、嬉しそうに頷いた。




