子犬に友達が出来た時の話
独りぼっちだった子犬が単独で臨時の見回りをしていた兄に拾われたのは、谷間の町を中心とした小さな国が冬籠りに入る少し前の事だった。
子犬はこの土地の言葉を知らなかった。兄が身振り手振りを交えて話し掛けると、子犬は耳が良いらしく聞いた言葉はすぐ覚え聞いた通りに話す事が出来た。土地が違えば言葉も違うし同じ言語でも訛りがある。兄は異国の言葉も多少知っていたけれど、子犬の話し方には訛りがまるで無く元々話していた言語を窺い知る事は出来なかった。
子犬は兄の弟として谷間の町へやって来た。兄が働いている屋敷に戻ると、兄は子犬が少しずつ慣れるようにと先ずは親しい少数の人達に紹介する。子犬は簡単な会話ならもう出来た。知らない単語は注意深く聞いていたけれど、意味が分かると愛想良く笑う。初めて会う人達にもとても人懐っこい子犬だった。兄の隣にいる限りは。
それからお湯を使わせてもらって綺麗に洗われる。子犬は小柄でやせ気味ではあったけれど、自力で食料を得る能力は十分あったので栄養状態は悪くなかった。兄の知り合い達から譲ってもらった服を着て、食事の時間では無いけれど台所でお腹を満たしたら、子犬はこの町にいる子供達と少しも変わらない姿になった。
子犬もこれから屋敷で暮らすので、兄の部屋を一緒に使う事になった。一人部屋なのをいい事に物置のような有様だったのを子犬と兄で片付ける。兄の友人も手伝ってくれて夕食の頃には二人で過ごせる部屋になった。
翌日は兄は骨休めの日だった。遠出帰りは数日休みをもらう。兄と一緒に遠出に行った者達は子犬と兄が町に着く数日前に帰って来ていた。兄は遠出から戻ってそのまま臨時の見回りに出たので数日遅れの休みとなった。
部屋を片付けて手放す事にした荷物は手伝ってくれた友人や屋敷で働く仲間に譲ったけれどまだ残っていて、一晩部屋の前の通路に積んであった。そのままにはして置けないので子犬と兄は町で貰ってくれそうな人に届けに行く事にした。子犬は拾われた日に兄が肩に掛けてくれた兄の服を外套代わりに羽織る。昨日紹介された兄と親しそうな女の人が子犬の背丈に合うように夜の間に直してくれた物だった。
届け物をしながら子犬は兄に町と町の人達を教えてもらう。子犬は新しい町も人と会うのも嬉しそうで人懐っこく挨拶して回った。
小さな谷間の町の道はどこも緩やかな傾斜になって、家々や畑の間を曲がりくねっている。町の中ほどを少し下った所に、お祭りやお祝い事をする為に平らに均された小さな広場があった。荷物を届け終わった子犬と兄がそこに差し掛かると二人の足元にボールが転がって来た。道へ行ってしまわないよう子犬が拾う。広場では町の子供達が遊んでいた。年はばらばらで一番上は子犬と同じかもう少し上、その弟妹らしい小さな子も一緒だった。
「投げて」
子犬と同じ年頃の一人が手を振る。子犬は兄に促されて手を振った子に投げ返す。
「ありがとう!」
受け止めた子は隣にいた子と顔を見合わせて笑うと、そろって子犬と兄の所へ駆けて来た。他の子供達も寄って来て子犬と兄を囲む。
「髪が真っ赤だね」
「目が緑なの」
「どこ行くの? 」
「もう帰るの? 」
口々に話しかけられて驚いている子犬の代わりに「もう帰りだよ」と兄が答える。
子犬は子供達と会うのは今が初めてだったけれど、子供達はもう子犬の存在を大人達の噂話を聞いてちゃんと知っていた。数日前に遠出の集団が帰って来た時に兄がいなかった事やその兄が昨日帰って来た事も、弟を連れて来たと言う事も。
「遊ぼ?」
笑ってボールを差し出されて子犬の顔がぱっと明るくなる。受け取ろうと手を上げ掛けて、確認するように兄の顔を見上げた。
「遊んで行こう」
兄は笑って子犬の背中をぽんと軽く押し、自分も一緒に子供達の輪に入る。子犬は目一杯笑って頷いた。




