寝言のようで寝言じゃなかった話
隣に眠る子犬が何か言っている気がして、兄は顔をのぞいて見る。口元は動いているけれど意味ある言葉は聞き取れない。頬杖をついて子犬がむにゃむにゃしている様子をしばらく眺める。これは寝言じゃなくて美味しい物を食べる夢でも見ているのかなと可笑しく思う。おいしいかい、と心の中で語り掛けて眠る子犬の頰を撫でて軽く唇に触れる。と、子犬は眠ったままその指を吸った。くすぐったさと赤ん坊のような無心な姿に兄は楽しくなる。しかし悪気は無かったものの眠っている相手に悪戯をしてしまった形で、良くなかったと反省する。
自然に口を離すまで待とうか起こさないようにそっと抜こうか様子を伺っていると、違和感に気付いたのか子犬が薄っすら目を開けた。ぼんやりしながら自分が咥えている物に手を触れて、それが何か理解して一気に目を覚ます。薄暗がりでも分かるほど赤い顔で隣を見て、申し訳なさそうな顔の兄と目が合った。
「ごめん」
と兄が謝罪を口にすると子犬は狼狽えて、
「えっ、俺もごめん」
と混乱したまま謝り返した。
子犬はどうしてこの状況になったのか分からなかったけれど、自分が寝惚けてやった事ならこっちが悪かったと思うし、兄の方からした事なら何も謝られる事は無かった。兄になら何をされても良いし平気だと本心から思ってその意味に自分で熱くなる。
「お前が謝る事は何も無いよ」
兄はそう笑って子犬の髪を優しく撫でる。子犬は視線を泳がせて、えっと、うん、と曖昧に応えてから、
「兄いも、謝ることない」
小さな声で言い足した。
子犬は少しだけ夢を見ていた。夢の中は兄に知られる事はないけれど、無意識にした事は見られている。赤い顔ですぐに滲む目元をして兄に聞く。
「俺、何してた?」
「口元を触ったら指を吸ってきたんだよ」
「寝言言ってた?」
「それは聞こえなかった」
子犬は、はあ、と大きくため息を吐く。まったくどんな気持ちでいて良いのか分からない。




