↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/87

子犬がまだ知らない道を教えてもらう話

目立たない小さな谷にあるこの町は、谷と古くからある城壁に囲まれていた。子犬と兄は城壁の見回りをして城壁が谷の山肌とぶつかる場所まで来た。そこから谷へ入って、子犬は谷の歩き方を教えてもらう。


谷の山肌は殆どが険しく切り立った斜面で、谷とその向こうに聳える山脈を越えることは容易ではない。けれど谷の内側には部分的に緩やかな斜面もあって、そう言う場所には林や薮が茂り、子供の足でも行ける道があった。狩の為の獣道もいくつか通っている。それから一部の人だけが知っている秘密の抜け道もあると言う。

今、子犬が兄に連れられて行くのはそれらとは別で、初めて通る道だった。道と言っても人の歩いた跡は無いただの斜面で、わずかな取っ掛かりに足を掛けて時々両手も使って進んで行く。目印らしい物も見えないけれど兄は迷わず子犬を先導して、子犬も難なく付いて行った。


小さな岩棚に辿り着くと兄は子犬に、ここだよ、と振り返るよう促す。

「わ」

子犬は思わず声を上げる。そこからはこの国が一望出来た。谷にある町と城壁と、谷を下った放牧地、その先の丘陵地、そのもっと先で丘が空とつながる所まで。放牧地には羊の群れがとても小さく見えた。町の見張り塔も下に見える。屋敷もそれを囲む庭も全部一目で見えた。子犬は目を閉じて耳を澄ます。町の物音、友達が遊ぶ声が聞こえた。でも向こうはこっちにまるで気付いてないだろうなと思うと、子犬は少し可笑しかった。


子犬はまた景色を見渡して、嬉しそうに兄に言った。

「いいとこだね」

「いい所だ」

兄も頷く。

時折吹く風に撫でられながら、子犬と兄は思い思いに景色を眺めていた。


もう少し歩いてみようと、兄は子犬を連れて谷を行く。歩き易い斜面まで下りて来ると近くに水音が聞こえた。岩壁から水が湧いて子犬より背の低い小さな滝になっていた。周りには丈の低い木が生えて小さな日陰を作る。

子犬は滝の水を手にすくって喉を潤す。歩いて火照った肌に冷たい水が気持ち良くて、顔や腕にも浴びると袖の中を滴が伝ってくすぐったい。兄も襟を緩めて顔を洗う。首筋まで濡れるその姿に子犬は思わず手が止まる。顔も手もびしょ濡れのままの子犬を兄が笑いながら拭いてやる。兄の手に触れられて子犬の心臓は速くなる。兄は目元が薄っすら染まった子犬に気付いて、しようか?と明るく笑う。熱を持った事を見抜かれてしまい、子犬は一気に耳まで赤くなる。違うし、と呟いて顔を背ける。年頃だし健康的で良いと思うけどな、とあっけらかんと言われて子犬はますますどうして良いか分からなくなる。

どうして兄はいつもそうやって子犬のしたい事を叶えるのは簡単な事みたいに言うんだろうと思う。いつも子犬を見ていてくれて、だから今もこんな事にも気付かれてしまう。子犬は嬉しいのか困るのか分からないけれど、兄への想いが強くなるのは分かった。

子犬が半泣きになっていると、兄が屈んで、ここじゃ落ち着かない?と聞く。子犬が小さく頷くと、おいで、と言って子犬が躓かないよう足元に気を付けながら手を引いて行く。

岩壁には縦に溝が走っていて、兄はその一つに子犬を抱えるようにして潜り込んだ。そこはただの溝ではなくて小さな洞窟になっていた。幅も奥行きもさほど無いけれど縦に長く、頭上の岩が途切れる所に木の枝が伸びていて、木の葉を透かして薄く青い空が見えた。子犬は兄の腕に抱えられて身動き出来ずますます熱くなるけれど、同時に秘密の隠れ家みたいでわくわくした。

「何でこんなとこ知ってんの?」

子犬が赤い頰をして聞くと、兄はちょっと得意げに笑う。

「この国の事なら何でも知ってると思うよ」

驚きと尊敬で目を丸くして見上げる子犬の頭を撫でて、兄は話を続ける。

「城壁と同じ時代に作られたと思われる道の痕跡も知ってるよ。屋敷の人も知らなかったし、俺が見つけてからまだ他に誰も行っていない。今度はそこまで行ってみよう」

そう言いながら、まだ成長途中で華奢だけど見た目よりずっと丈夫な子犬の足を撫でる。

「お前の足なら何処へでも行けるよ」

「うん、行ってみたい」

子犬は兄をじっと見上げて体の熱と重さをその腕に預けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。