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子犬の目の色の話から数日後、幼馴染との話

子犬の兄の幼馴染は、小さな谷を中心としたこの国を治める家の一人だった。兄弟達は馬に乗り他の村を回って留守が多い。親父殿はたまに気紛れの様に犬を連れて放牧地を見に行ったりする。幼馴染は谷と城壁に囲まれたこの町の中で、屋敷で働く人や家畜や畑の様子を見て回っていた。

今は作物が良く伸びる季節でどこも忙しい。労いに焼き菓子などを差し入れしながら畑仕事の人達の話を聞いていた。そう言えばこの頃は子犬と兄は城壁の見回りをしていると言う。今日は城壁沿いの畑へ行って見ようと思った。差し入れの籠を持って屋敷を出て癖のある大股で歩き出す。


道すがら軒先で編み物をするおかみさんと立ち話をしたり、道端で遊んでいる子供達から納屋に猫の子が生まれたと報告されたりしながら町並みを抜けると、日当たりの良い緩やかな斜面に段々畑が広がる。畑を上っていくと斜面が急になりやがて山肌につながる。畑を下った先には城壁が横切っていた。幼馴染は城壁を見渡してみたけれど、子犬と兄の姿は見えなかった。今日はこの辺にはいないのかと思い、じゃあ畑仕事のみんなはどこかと目を移すと、畑の中から目一杯両手を振る人影があった。遠くからでも目立つ、ぴょこぴょこと跳ねる赤い髪の子犬だった。おや、と思う間に幼馴染の方に駆けて来た。暑いのかいつも着ている兄の服を脱いで腰に巻き付けている。

「畑を手伝ってたのかい」

「うん、忙しそうだったから」

見ると兄も立ち上がって畑から二人に軽く手を振っている。あいつも背が高くて目立つな、と幼馴染は思う。

「持つよ」

子犬は幼馴染の抱える籠に手を伸ばす。手が汚れているのに気付いて代わりに頭に乗せてもらって、二人は並んで畑へ向かう。子犬はこの兄の幼馴染をとても気に入っていた。拾われて来た自分を何かと気に掛けてくれる。みんなの面倒を見るのが仕事だからと笑うけれど、それだけでは無いと感じていた。それに何より兄が信頼する相手だった。兄は誰とでも親しくしているしいつも笑っているけれど、幼馴染といる時はより楽しそうに子犬には見えた。でも幼馴染の方は兄に対してしかめ面をする事が多い。率直な子犬は怒ってるのかと聞いた事があるけれど、そうでは無いと言う。よく分からないな、と子犬は思う。けれど一緒にいて楽しいのは変わらなかった。


「お疲れ様」

「これは。かたじけない事で」

畑仕事の人達は声を掛け合って手を休め、差し入れの焼き菓子で一服する。幼馴染も子犬と兄もその雑談の輪に混ざる。


みんなが畑に戻る頃、幼馴染も腰を上げる。助かったよありがとさん、と見送られて子犬と兄は城壁の見回りに戻る。子犬は幼馴染に聞く。

「もう帰る?」

「少し一緒に行こうかな」

子犬と兄と幼馴染はゆっくり城壁に向かう。


三人だけなので子犬は良い機会だと幼馴染に聞いてみる。

「兄いが初めて作った詩ってどんなのだった?」

「もう覚えてないよな」

応えるより先に兄が言うので幼馴染はむっとして言い返す。

「いや覚えてるぞ。あれだろあれ」

「どんなの?」

「ああうん、えっとだね」

「ほら、覚えてない」

「黙らっしゃい。そう言う君は自分で覚えてんの?」

「一応」

「でも悪い例だからって教えてくんない」

「詩を作るのは自由で良いけれど、こんな風に人の記憶に残らないのは良い詩とは言えないね」

「人の記憶力を教材にするんじゃないよ。大体なんで君の詩の話が出てくるんだい」

すっかり不機嫌になった幼馴染に子犬が説明する。

「昔、兄いに詩人に向いてないって言ったって聞いたから」

「あああ、あれかー」

どうやら幼馴染も本当に思い出してきたらしい。

「でもさ、こないだこの目の色の事、この季節の木の葉の色のに似てるって。これだって詩だよね?」

「うんうん、そうだねそれは詩だねえ。驚いた、君がそんな事言ったのかい」

幼馴染はやたら感心する。子犬は兄が感心されてちょっと得意げだった。


幼馴染は確かにあの詩その物は覚えていなかった。けれど既存の言葉で彼の見える物を表現したらこうなったんだろうと感じたのは覚えていた。見え過ぎるんだろうな、と思う。頭も回り過ぎるんだろうなと。

兄もいわゆる情緒的な表現が使えない訳では無い。けれど自分の言葉では無いらしく、必要でなければ使おうとしなかった。得意な奴には敵わないよ、と笑っていた。それが子犬と一緒にいて何気無くそんな事を言うなんて。子犬は真っ直ぐで良くも悪くも単純だった。そんな子犬といる事で単純でありきたりな言葉も自然に言えるなら、それは幼馴染にとっても嬉しい事だった。人が詩人になるのはどんな時だったかな。そう思って可笑しそうに笑う。

「どれ。色濃くなる季節の木の葉の色を見せておくれ」

そう言って幼馴染が子犬の目を覗く。子犬はふわふわと柔らかな髪に見え隠れする明るい色の目が優しそうに細くなるのを見た。


幼馴染は子犬と兄の関係が良い事を嬉しく思う反面、兄を良く知る者として心配にもなった。子犬にとって兄の隣はこの世で一番安心出来る場所だ。それは疑いない。心配なんて言葉は当て嵌まらない。でも何か困り事がきっとその内生じる。

「いいかい」

幼馴染は真面目な顔になり子犬を正面から見て言った。

「もしこいつの事で困る事があったらすぐ言いなさい」

「うん」

よく分からないけれど、兄を良く知る幼馴染の言う事だった。子犬は同じく真面目な顔で頷いた。そんな二人を兄は楽しそうに見ていた。

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