本を読む話
谷間の町を中心とするこの国は古くからの街道筋から外れていた。おかげで争乱に巻き込まれる事は少なかったが、新しい情報や物もなかなか届かない。その為に国境の町や、時には街道沿の大きな街まで遠出する役がいる。兄も遠出をよくする一人だった。
そう言った出先で町に必要な物以外にも、兄は自分の欲しい物を入手しては持ち帰った。そのせいで兄の部屋は一人部屋なのに随分と狭かった。他にも兄自身の手による書き物や数字や図形ばかり書かれた紙の束など床にまで積み上げられている。子犬が来る前は更に物が多く置き方も雑然として、子犬の為の荷物を届けてくれた知人に物置と変わらん、人の生活する場所かと呆れられた。でも本人は涼しい顔で寝る場所はあるし掃除もしているし、どこに何があるかは分かっているので片付いていると言う。分かっていると言うだけあって不要な物をすぐに選別して二人が生活するだけの場所を空けた。本を何冊も手放すのを見て大事な物じゃないのかと子犬は心配したが、頭に入ってるから物は無くていいんだと兄は応えた。不要な物はそれを欲しがる人に譲る事にして、子犬も一緒に届けに行った。異国の珍しい物は使い方が分からなくても子供達のおもちゃになったし、本が好きな者も何人もいた。
兄の部屋には机と椅子もあって、子犬はそこで字を教えてもらった。
字を少し覚えて、兄はどんな本を読むのかと子犬が尋ねる。兄は、最近は読んでいないけど、と机の端に積んである厚い背表紙の本を指す。今は子犬との時間の方が大事なので自分の為の読書は後回しだった。兄と同じようにしたい子犬は背表紙の題も読めない本を一緒に読んでみたいと言う。兄は何だか先が分かる気がしたが読み掛けだったページを子犬の前に開く。
子犬は単語だけでも拾ってみようとしたけれど、だんだん虚無の顔になる。そっと兄を伺うと久し振りの読書に集中している。邪魔したくないなと文字に目を戻してみたけれどやっぱり目が滑る。ページをめくる兄の指先を見たりまた横顔を見たりちょっとため息を吐いたりした。
子犬が早速退屈しているのに気付いて、ふと笑って子犬を見る。兄の横顔を見ていた子犬は目が合って本を見ている振りをする。そんな子犬の肩を抱き寄せて頭を撫でながら続きを読む。子犬は兄にもたれてこれで良いやと思った。




