第六話 閉ざされた世界
一閃。刀が煌き、光の筋を描く。刃は吸い込まれるようにゴブリンの身体を袈裟に斬り、光の粒が溢れだした。直後、ゴブリンの身体がにわかに紅く点滅し始める。ゴブリンの動きが鈍り、苦しそうな顔をし始めた。
「せやあああぁ!」
気迫とともにもう一度刀が振るわれる。刀は寸分たがわず先ほどと同じ場所に命中。ゴブリンの身体は先ほどよりもさらに激しく光を散らす。光は暴走するホースの水よろしく撒き散らされ、あたりを白に沈めていく。
やがてその光は収まり、ゴブリンの身体が透けていった。そのままゴブリンはあとかたもなく消えてしまい、その場には粗末な棍棒だけが残される。さながら、幽霊が消えていくかのようだった。
戦いを終えた直人は拍子抜けしたように息をついた。彼は茫然としている環の方へと振り向くと、軽い調子で言う。
「あっけないな。やっぱゴブリンだからか?」
「私の分もとっておいてくれ……」
一人でゴブリンを倒してしまった直人に、環は非難めいた視線を送る。まったく活躍できなかったのだ、当然だろう。だが、直人はそんな彼女の視線くらいどこ吹く風といった具合でほとんど気にしない。彼は落とした棍棒を回収すると、すぐさま次の敵を倒すべく平原の中へと向かっていった。
「仕方ないやつだな……」
環はぼそっと呟いた。彼女は直人の後をしぶしぶながら追っていく。こうして二人は平原の中へと足を踏み込んでいった――。
しばらくして。街からやってきたのか人がかなり増えた平原で、二人は別れて狩りにいそしんでいた。やはりゴブリン程度の相手に二人がかりだと効率が悪いのである。なので二人はお互いが小さく見える程度に距離をとり、ひたすら平原の魔物を狩っていた。
『おめでとうございます! レベルが2に上昇しました!』
黄色いゴブリンというちょっと珍しい魔物を倒した時、直人の頭にアナウンスが響いた。直人は一旦、離れて狩りをしている環を呼ぶ。
「おーい、レベルが上がったみたいだ」
「ほんとか?」
環は戦っていたゴブリンにとどめをさすと、直人の方に近づいてきた。直人は彼女が十分ディスプレイが見える位置に来たことを確認すると、ステータスを表示させる。するとそこには確かに「カズト:レベル2 職業:侍」と現れた。
「確かに上がってるな。何か変わったことはあるか?」
「うーん、身体がちょっと軽くなったような……。気がしないでもない」
直人はその場で少しジャンプしてみた。ヒュウと風切り音がしてさっきまでより多少高く跳べた……ような気がする。EL-Onlineは具体的な数値としてステータスが公開されないので、どれくらい上がったのかは不明だ。だが、確かにステータスは上がっているのだろう。直人は自分の身体に確かな力が満ちているのを感じた。
「ひとつ上がっただけではそんなに変わらんか。まあいい、私もたぶんそろそろ上がるだろう。そしたら一旦戻るとしようか」
「いや、もうちょっと戦っていかないか」
「もう何時間もたってるんだぞ。そろそろ帰るべきだ」
「……仕方ないなぁ」
環の強い主張に直人はしぶしぶといった顔で了承した。環はうんうんとうなずくと、元いた場所の周辺に戻っていく。こうして二人はまた狩りにいそしみ始めた。
そうして三十分ほどが過ぎたころ。環の頭の中で、直人と同じアナウンスが響いた。彼女は直人を呼ぶと、そのまま街へと連行していく。こうして二人は一旦、街へと帰っていった。
二人は街の通りをゆっくりと歩いていた。彼らは互いにディスプレイを出して、今回の戦果を確認している。何も入っていなかったアイテム欄には、ゴブリンからドロップしたアイテムがずらりと並んでいた。
「棍棒が四本、腰布が六枚。あと、錆びた剣とゴブリンの結晶とやらが一つずつか。カズトはどうだった?」
「俺の方は棍棒が五本と腰布が七枚。それと剣が二本だけだ。結晶はないな」
「結晶はレアアイテムなのか? どうせゴブリンだから大したことないのだろうが……」
二人はいろいろと話しこみながら、街の中を散策した。街の中にあるはずであろう、アイテムの鑑定所を捜しているのだ。すると二人の前に周りの建物より一回り大きな建物が現れる。レンガ造りで間口がかなり広く、どこか役所のような建物だ。
その建物にはNPCと思しき人間が大量に出入りしていた。全員、武器を身に帯びていて物々しい雰囲気だ。おそらく冒険者という人種だろう。直人と環はそんな彼らのうちの一人に近づいて行くと、話を聞いてみる。
「すまない、ちょっと聞きたいことがあるのだが」
「おッ、なんだ?」
「ここの建物っていったい何なのだ? さっきからずいぶん人が出入りしているように見えるのだが」
話しかけられた男は、呆れたような顔をした。彼はそのままからかうような笑みを浮かべると、ふふんと鼻を鳴らす。
「さてはお前さんたち、ルーキーだな? ここの建物は役所。アイテムの換金からクエストの受注まで、冒険者には必須の建物だぜ。覚えときな」
「なるほど、ありがとう!」
「おう、気をつけろよ」
男に見送られて、二人は役所の扉を開いた。すると二人の目の前に広いスペースが広がる。雰囲気のあるアンティーク調の部屋で、天井から大振りのランプがいくつも垂れている。その奥にある酒場風の幅広のカウンターには、いくつかの札が掲げられていて、そこに何人かの受付嬢が並んでいた。その前では冒険者たちが手持無沙汰そうにたむろしている。
直人と環は早速「アイテム鑑定・買い取り」と書かれた札のもとに並んだ。ちょうどタイミング良く前の冒険者の用事が終わり、すぐに彼らの順番が回ってくる。二人はアイテム欄からドロップアイテムを出すと、布の広げられたテーブルの上にばらばらと並べた。
「品物はこれだけかね?」
「ああ、そうだよ」
メガネをかけた鑑定人と思しき老人に、直人は軽い調子で答えた。老人は胸ポケットから虫眼鏡を取り出すと、アイテムをすべて丁寧に確認する。やがて彼はテーブルの下から小さな袋を取り出すと、それを直人たちの前にドンと置いた。
「粗末な棍棒が九本に、ボロの腰布が十三枚。それから錆びた剣が三本にゴブリンの結晶が一つ。全部合わせて合計千二百四十シーで買い取るが、いかがかな?」
千二百四十シーというのがどれくらいの金額なのか、直人にはよくわからなかった。だが、まさかNPCがぼったくるということはないだろう。直人は環の方を振り向き、彼女がうなずいたのを確認すると老人に頭を下げた。
「それで頼む」
「わかった。それが代金じゃ、もっていくがええ」
老人は顎で小袋を示した。直人はそれをつかむと、環を連れてカウンターを離れていく。こうしてアイテムを換金した直人と環は、ひとまず役所を出た。
「さてと、そろそろ良い時間になってきたな」
良い武器屋でもないかと商店の並ぶ通りを冷やかしていると、不意に環が直人に告げた。直人が時計を出してみると、そこには18:55と表示されている。ゲームを開始したのが午前七時からだったので、まるまる半日近くが経過していた。彼は少し驚いたような顔をすると、ゆっくり首を縦に振る。
「そうだな。一区切りついたし、一旦ログアウトするか」
このβテストで夕食が出される時間は19:00からである。今からログアウトするとちょうど、夕食が始まる時刻だ。ゲーム的な満腹度はいっぱいであるものの、何となく腹が空いたような気がする二人は迷わずログアウトしようとする。すると――。
『エラー! ログアウトできません!』
二人の耳に、なんとも不愉快な機械音が響いた――。




