第五話 流星の平原
銀河の広場の周りには、小さな都市が広がっていた。中世風の、ミニチュアのようなかわいらしい家の並ぶ瀟洒な街だ。鱗のように石が敷き詰められた道の端に、露店が出されていたり外灯が並んでいたりする。その外灯のもたらすオレンジの光の中に、影法師がいくつも揺れていた。影法師は古びた敷石の上を、ふわふわと踊っている。それをかき分けるかのように、忙しそうな顔をした人々があたりに押し寄せてはいなくなってを繰り返していた。
そんな物語のように叙情的で美しい街並みの中を、直人と環はわき目も振らずに歩いていた。直人は腰の刀に、環はウィンドウに表示された説明に夢中だ。彼らは道行くNPCやプレイヤーにぶつかりそうになりながらも、するりするりと通りを抜けていく。
そうしてしばらく時が流れると、環がウィンドウを閉じた。彼女は歩きながら隣にいる直人の方を向くと、身振り手振りを交えて何やら説明を始める。
「ふうむ、大体のことはわかったぞ。まず、このEL-Onlineには七つの大地があるそうだ。それで、このシャマインは世界の星の運行を司っているらしい。だからこの大陸には昼がなくて、一日中夜だそうだぞ」
「へえ、一日中夜とは凄いところだな。それで、戦闘についても何かわかったのか?」
直人は刀をいとおしそうに撫でながら、心ここにあらずというような様子で返事をした。それを聞いた環は、がっくりと肩を落とす。
「こんなロマンチックなところにいるのに、お前の頭の中は戦いのことばかりなのか……。まあいい、いくつかわかったぞ。まず、この世界での戦いは基本的にレベルとスキルが物を言うらしい。さすがに、レベルとスキルはなんのことだかわかるよな」
「それはさすがにわかるぞ。で、具体的にはどんな感じで戦うんだ?」
「基本的には現実で戦うのと変わらないらしい。ただし、痛みはないしシステム的な補正もあるようだがな。レベルとスキルについてはそこまで特徴的なものはない。戦闘で得られる経験値やポイントを使って、基本的な身体能力を上昇させたり技を習得したりしていくオーソドックスなタイプみたいだ。詳しいことはその都度説明するとしよう」
「なるほど、よくわかった。他には何かないのか?」
環の顔が少し曇った。彼女はそのまま、若干歯切れの悪い口調で話し始める。
「他にも昇華とユニークスキルという概念があるのだが……それについてはイマイチよくわからん。一応、昇華については一定の条件をクリアすることで存在の階層を上げるとか説明がされてる。条件とかについては全く不明だが、たぶん、進化に近いようなものなんだろうな」
「進化か……まるでどっかのモンスターみたいだな。んー、ちょっと微妙か。ユニークスキルの方はどうなんだ?」
「ユニークスキルの方はもっと謎だ。これを見てみろ」
環はディスプレイを直人の方に差し出した。直人はどれどれとばかりにそれを覗き込む。するとそこには「ユニークスキル:電磁誘導」と書かれていた。直人の眉が歪み、額にしわが寄る。それはそこに書かれているにはおよそ似つかわしくない能力だった。
「これ、環の能力と同じじゃないか。どうなってるんだ?」
「さあな。本人に最も適したスキルが付与されるとか書いてあるから、たまたまかもしれん。カズト、試しにお前のも確かめてみたらどうだ?」
「……ああ、そうだな。どれどれ……」
カズトと呼ばれた直人は多少反応が遅れたものの、すぐさまユニークスキルよ出て来いと念じた。すると、空間ディスプレイが彼の前に展開。トップにステータスと書かれたその画面の下の方に彼が視線をやると、そこには「ユニークスキル:加速眼」と表示されていた。直人はびっくりしたような顔をして、環の方に顔を向ける。
「俺のは加速眼だった。ユニークスキルは能力と同じってことか?」
「いや、それだったらレッドカラー以外の人間はどうするんだ」
「うーん……。確かにそうだな」
頭をひねり始める直人と環。二人は道の端へ寄ると、歩く速度を緩める。彼らはそのまましばらくの間、ウンウンと唸りながら考え込んでいた。
そうして五分ほど経った時。環が貯めていた息を吐き出した。そして、お手上げだといわんばかりの顔をする。彼女は直人の方へ振り向くと、小さく口を開いた。
「まだ使えないようだし、いま考えても仕方ないか。そんなことより、流星の平原へ急いだ方がいいかもしれん」
「それもそうか。じゃあ急ぐとしよう」
直人と環は競うようにして駆けだした。カッカと石畳を蹴る軽快な足音が響いて行く。降ってくるような星空のもと、二人は通りを一直線に駆け抜けていった――。
流星が空に尾を引き、天から光が舞いおちる。夜だというのに、辺りは星明かりでまばゆいほどだ。地平線に果てしなく広がる緑は露を煌かせ、冷たい夜風にそよぐ。はらりはらりと揺れるその姿は、さながら星の下で踊っているかのようだった。その緑の絨毯の上に、空から流星がまばらに落ちてくる。流星といっても優しいもので、地面に当たると水玉のように光を散らして消えていった。
直人と環はそんな平原の入口にいた。二人の前には雑な造りの木の看板が立っている。看板にはかすれた文字で「流星の平原」と書いてあった。
「ここが流星の平原か……!」
見渡す限りに広がる絶景。環は自然と息をのみ、その絶景に見惚れてしまう。まるで、神が手ずから創り上げたような神々しく壮大な光景であった。これだけのものを人が作ったのか、という感動まで覚えてしまうほどだ。
一方、直人はそんな平原を睨みつけて刀を引き抜いた。きらり。星影を反射して、白銀の刀身に凶暴な輝きが走る。直人の口元が獰猛な笑みを造り、瞳が飢えたような光に満ちた。ククっと、くぐもったような息が彼の口から洩れる。
「よし、早速戦うぞ!」
「……お前はこの景色を見てなんとも思わんのか? というか、目つきがやばいぞ!」
「やばいなんてことないさ。それよりほら、行くぞ」
環の腕を引っ張る直人。だが、環もそれに抵抗する。彼女はいやいやとばかりに首を振ると、直人の方に強い視線を送った。
「もっと景色を堪能してからでもいいだろう。せっかく二人っきりでこんな場所にいるんだ、もっと雰囲気というものをだな……」
直人に雰囲気について力説を始める環。だがその時、彼らの傍でガサガサと草の擦れる音がした。そして、草むらの中から緑色をした子供のような人影が出てくる。だがその顔は牙が生えている醜悪なもので、手には大振りの棍棒が握られている。どうみてもファンタジーの定番、ゴブリンだった。
「早速お出ましか!」
「っち! 空気の読めない奴が多いな、まったく!」
慌てて杖と刀をゴブリンに向ける二人。こうして二人の初陣が始まった――。




